全 情 報

ID番号 05372
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 佐久間鋳工所事件
争点
事案概要  駐留軍労務者が保安解雇されたことについて経歴詐称をしたこと、平和条項違反の争議行為を指導したこと等を理由とする諭旨解雇につき、不当労働行為にあたり無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働組合法7条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 違法争議行為・組合活動
裁判年月日 1964年2月19日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 昭和37年 (ヨ) 130 
裁判結果 申請認容
出典 労働民例集15巻1号61頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
 (一) 経歴詐称について、
 申請人が駐留軍労務者として、相模本廠のインベントリー・ブランチに荷扱夫として勤務していたが、申請人を継続雇傭することはアメリカ合衆国軍隊の保安上危険であることを理由に昭和三〇年一二月一〇日同廠より日米労務基本契約の附属協定第六九号第一条aの(2)に基く保安解雇をされたこと、申請人が被申請人に就職するに際し提出した履歴書には、右解雇の前歴につき「昭和二七年八月相模原市上矢部横浜技術廠に勤務在荷調べを務む、昭和三〇年一二月同廠の都合により解雇」と記載したことは当事者間に争いがなく、
 〔中略〕
 申請人は川崎職業安定所の紹介により被申請人に就職を希望し昭和三二年九月二五日会社の面接選考の際総務課人事係員Aの身上調査に対し相模原市の横浜技術廠本廠を米軍の予算関係により他の一二名とともに解雇されたと申述したことが一応認められる。そして使用者が経歴詐称を懲戒事由とするのは労働者が不正手段によつて就業することを防ぐとともに、使用者がその労働力の評価のみならず人格、性向についての判断を誤り、雇入後の企業秩序に危険が生ずるため、必要によつては、かかる従業員を企業外に排除することにあると解するを相当とする。
 ところで申請人が日米労務基本契約の附属協定第六九号第一条aの(2)に該当するとして解雇されたことは前記のとおりであるが、同附属協定第六九号第一条aが、日本国側は、アメリカ合衆国側の保安上の利益を保護するため、次の基準に該当すると認めるに足りる十分な理由のある者は、これを提供しないものとする。(1)作業妨害行為(サボタージュ)牒報行為、軍機保護に関する諸規則の違反又はそのための企画若しくは準備をなすこと。
 (2)アメリカ合衆国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続し、且つ反覆して採用し若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員であること。(3)(1)に規定する諸活動に従事する者又は前号に規定する団体若しくは会の構成員とアメリカ合衆国側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的又は密接に連繋することと定めていることは当裁判所に顕著な事実である。このように保安解雇はアメリカ合衆国及び駐留軍業務の保安上危険があるとして解雇されたことにあるのであるから、この事実を秘匿し、これを通常の解雇として申述することはその経歴を詐称するものであるといわねばならない。ところで被申請人は右の経歴詐称の事実をどのような機会に知るに至つたかを考えるに、
 〔中略〕
 昭和三五年五月頃神奈川県企画渉外部労務管理課主事Bから被申請人に対し昭和三四年中に同会社が申請人に支払つた給与の額を問いあわせてきたことがあり、さらに、昭和三五年九月から一〇月頃前記Bから昭和三〇年末から昭和三五年四月迄に被申請人が申請人に支払つた給与の照会をうけるに及び、被申請人としては、右照会が如何なる必要によるものであるかに疑念をもつに至り、被申請人の監査役である福田耕太郎弁護士に調査を依頼したところ、昭和三六年九月か一〇月頃同弁護士から次のような報告があつた。即ち同弁護士は労働関係の判例集中よりたまたま申請人が当事者となつている判決を発見したというのであり、その判決によれば申請人は前職場である相模原市横浜技術廠本廠を昭和三〇年一〇月一〇日いわゆる保安解雇せられたものであるが、申請人はこの処分を不服とし、国を相手として訴を提起したところ、裁判所の判断は右解雇は無効であるから原職に復帰させ、その間の給料を支払えという内容のものであるというのであつた。以上の事実を窺うことができる。
 してみれば、被申請人は本件経歴詐称の事実を知ると共に、その内容である保安解雇なるものについても、一応裁判所による無効の判定の下された事実(尤もその判決が当時既に確定していたか否かは明らかではなかつたにせよ)をも知つたのであるのみならず右経歴詐称の行為から本件解雇の意思表示のなされた昭和三六年一〇月二八日まで四年余を経過し、その間被申請人が右経歴詐称に基く損失(例えば申請人が保安上危険な人物であつたために被申請人が打撃を受けた如き)を蒙つたことについては何等の疎明はない。従つて右経歴詐称は一応形式的に解雇理由としての体裁を有するに止まり、必ずしもこの事由のみが被申請人の本件解雇の真の理由であつたとは認めがたい。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 (二) 労働協約違反の不法争議行為の指令率先指導について、
 〔中略〕
 そして残業協定が成立している場合は、その協定の範囲内で使用者は労働者に残業就労を求めることができ、残業業務は使用者の正常な業務の運営といえるから、これを阻害する残業拒否は争議行為と解せられる。
 また労働協約により所謂平和条項を定めている場合、かかる条項は労働協約の債務的効力を有する事項であつて、右条項違反は協定当事者間においてのみ直接の責任が生ずるのであつて、右条項に反した争議行為に参加した組合員個人までもがその責任を問われるものではない。従つて組合が平和条項違反の争議行為を行えば使用者と組合との信頼関係を失わせまた企業の秩序を乱すことは明かであるが、仮りに組合員がこの様な争議行為を指令し指導したとしても、それが組合の統制のもとになされていたのであれば懲戒事由に当らないものというべきである。もつともこの様な平和条項違反の争議行為を指令し、あるいは煽動する等することは往々にして組合の統制に反し、正当な組合活動といえない場合があり、かかる場合にはその故をもつて懲戒解雇しうるものと解するのが相当である。
 〔中略〕
 申請人が右春季賃上要求の団体交渉の過程において、かなり強気な態度にあり、争議行為に訴えることに積極的であつたことは一応認められるが、右疎明事実をもつて申請人が組合の統制に反してまで本件争議行為を行なわしめたと推認することはできず、他に本件争議行為につき申請人の行為が懲戒事由に該当すると認めるに足る疎明資料はなく、
 〔中略〕
 組合は昭和三六年四月一五日職場投票において罷業権を確立し同月一七日臨時大会において罷業権を満場一致で承認し翌一八日被申請人に同月二一日午前四時より翌二二日午前四時迄の間所定労働時間を越える者について時間外就労を拒否する旨通告の手続をしていること、被申請人は同月二〇日になつて神奈川県地方労働委員会に斡旋の申立をなし、翌二一日組合に右斡旋申立をなしたことを通告したことが一応認められ、また申請人が組合執行委員長として右時間外就労拒否を指令したことは被申請人の自認するところであるから申請人は組合執行委員長として組合より与えられた権限にもとずき、組合の統制にもとずいて本件争議行為を指令したことが推認される。
 以上のとおりであるから申請人の行為は何等懲戒事由に該当するものではない。