全 情 報

ID番号 05380
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 マルキチタクシー事件
争点
事案概要  暴行、不正行為、同僚に対する不法な辞職強要等を理由とするタクシー運転手に対する懲戒解雇につき、就業規則における懲戒規定の適用を誤まったもので無効とされた事例。
 試用契約につき解雇権留保付の労働契約であるか、勤務成績不良等を理由とする解雇は無効とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法21条
労働基準法89条1項9号
体系項目 労働契約(民事) / 試用期間 / 法的性質
労働契約(民事) / 試用期間 / 本採用拒否・解雇
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 暴力・暴行・暴言
裁判年月日 1964年3月27日
裁判所名 長野地松本支
裁判形式 決定
事件番号 昭和39年 (ヨ) 11 
裁判結果 申請一部認容
出典 労働民例集15巻2号182頁
審級関係
評釈論文 小西国友・ジュリスト379号122頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
 申請人X1がAに対し暴力を振つたことは非難されるべきことではあるがそれに至つた経緯を考慮するならば、暴行の所為に及んだその動機について同情すべき点があること、特に被害者であるA等が組合の意向を無視して重役の地位に留まる等組合に対する背信行為が本件暴行の誘因をなしていることAが右暴行により受けた傷害の程度は軽微であること、申請人X1は、右暴行後その非を悟り、A、B社長等に対し謝罪の意を表明していること、同申請人には、それまで勤務成績ないし行状について特に不良であつた事実は認められないこと等の諸事情を考慮するとき比較的軽い本件暴行行為に対し最も重い懲戒解雇をもつて処することは著しく情状の判断を誤まつたものであり、本件懲戒解雇は就業規則の定める懲戒規定の解釈適用を誤つた違法無効の処分といわざるをえない。
 申請人X2に対する懲戒解雇の効力について
 同申請人に対する懲戒解雇事由は「支給せる給料未払金使途不明」を理由として就業規則四条三号、二三条二号により、並びに「同僚に対する不法な辞職強要」(C、Aを始め非組合員たるD、E、Fに対する)を理由として同規則二三条五号により、なされたものであることが疎明されるが、給料未払金即ち割増賃金未払金については、前記第二、三(四)のとおり、その配分を会社から一任されていたものであり、組合大会においてこの分配基準を定め、C、Aに対する支給分金二四、六〇五円については、支払わなくともよいとの決議がなされたが、組合役員において両名の重役辞退、組合復帰をまつて支払うことにして組合書記長Gにおいて、これを保管していたものである。
 〔中略〕
 C、Aに対する支給分が計上されていないことがうかがえるが、この計算書は、
 〔中略〕
年末調整申告のため形式的に作成したものであることが認められる。従つて、本件全疎明資料によるも「給料未払金の使途不明」という懲戒解雇事由に該当する事実は認められない。また会社が申請人X2に対する懲戒事由の一つとして挙げている就業規則二三条二号「業務の遂行を不当に妨害した場合」(C、Aが右割増賃金の支給を受けなければ就労しないということのため、会社の業務に差支えを生じたこと)及び同規則二三条五号「同僚(右D、E、F)に対する不法な辞職強要」の事由の存在については、何等の疎明もなく、C、Aに対する重役退陣の要求は、前記の経緯により発生したもので右規定の解釈上、これに該当しないものと解する。従つて申請人X2に対する懲戒解雇原因たる事実は何れも存在しないものといわざるをえず、同申請人に対する本件懲戒解雇は、就業規則の適用を誤つた違法無効のものである。
〔労働契約-試用期間-法的性質〕
 就業規則七条によると、「正式採用前の試傭期間は三カ月とし、試傭期間を終了し引続き雇傭する場合は更に臨時雇傭契約書を交付して採用する。なお勤務成績と会社の都合により正式採用することがある。」旨規定しているが、一般的に会社と試傭員との労働契約は当初より期間の定めのない雇傭契約としての性質を有し、試傭期間中は、会社において従業員としての適格性を調査し、業務不適格者と認めるときは解雇することができる旨解雇権が留保されているものと解するのが相当であり、本件会社と試傭員との雇傭関係も、その例外ではないと解される。しかしながら、この解雇権の行使にあたつては使用者の自由裁量に委ねられるべきでなく、試傭員の能力成績行状の良否等業務適格性の判定については、社会通念上妥当な判断によるべきであり、また会社側の都合と言つても企業整備、経営合理化等客観的妥当な基準に従うべきである。
 従つてこれら特段の事由がなく、会社の恣意的便宜的な判断により試傭員を解雇することは、解雇権の濫用として無効といわざるをえない。
〔労働契約-試用期間-本採用拒否・解雇〕
 申請人X3は、以前六年間程Hタクシーで配車係をしていた経験者で、被申請人会社に入社するについては、会社の重役達から「腰かけ程度で居てもらつては困る。君もこのような会社には始めてではないし、知つている人も多いので一生懸命やつてくれ」と激励され、入社後は操車係として、一日も公休をとらず真面目に勤めてきて、勤務成績、行状について不良とみられるふしは全然認められなかつたこと、会社では昭和三八年頃から引続き申請人X3に対する解雇当時である昭和三九年二月一九日頃にも従業員を募集していること、昭和三四年会社設立以来試傭期間満了で解雇した事例は皆無といつてもよいこと、申請人X3は前記第二、三(七)のとおり昭和三九年二月八日頃C、Aからの従業員組合への参加勧告を排し、同月一六日頃申請人X2を委員長とする前記組合に加入したものであるが、
 〔中略〕
 会社はかねてから経営の不振をばん回しようと考え、労使協調という名目の下に、組合員の中から数名特に組合の執行委員長をも加えて組合推薦の取締役を出してもらい、これを表面上経営陣に引き入れることにより実質的に組合活動を抑圧し、組合対策を有利に展開できるという効果を期待し、この方針に従つて組合員であるC、A等を取締役に選任せしめるに至つたものであり、
 〔中略〕
 そこで組合の反対にあい、そのうえ組合からC、A等運転手重役の退陣要求を受け、これを拒否してきたC、Aは組合から除名されるまでに至り、そのため両名は急速に会社側に接近し、両名は組合と真向から対立することになつた。そのうち取締役として登記されているCを委員長とするI従業員組合が第二組合として結成されたが、これらの経過をみれば、この組合は申請人X2を委員長とする前記組合の対立組合として、会社がこの結成にあたり何らかの支援を与えていることが推認されないこともない。申請人Jはかかる事情の下に従業員組合からの勧誘を拒否し、前記組合に加入したのであるが、このことをこころよく思わないC、A等から会社社長その他重役の耳に入り、申請人X2、同Aの懲戒解雇を契機として、団体交渉の要求等次第に活動が活発になつてくる組合の対策に頭を痛め、組合弱体化の方策に腐心していた会社社長その他重役をして申請人X3の右行動が好ましからざるものとして受けとられ、たまたま試傭期間の満了に当り、解雇の手段に出たのが真相であると推認される。
 以上のとおり、申請人X3の試傭期間中の勤務成績は良好であり、業務不適格者とは到底認められず、また会社においても同申請人を解雇するに必要な特段の事由は何も存在せず、さらに前記のとおり、同申請人に対する害意ないし会社に好ましからざる組合員の排除という不当な目的に出たものと認められないこともない。従つて、以上の諸事情を綜合して考慮するならば申請人X3に対する本件解雇は、権利の濫用として無効といわざるをえない。