全 情 報

ID番号 05419
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 時事通信社事件
争点
事案概要  出版会社の校正員が著作者の承諾を得ないで、原稿に改変を加えたことを理由とする懲戒解雇が有効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務妨害
裁判年月日 1965年7月23日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和37年 (ヨ) 2163 
裁判結果 申請棄却
出典 労働民例集16巻4号578頁/時報429号43頁/タイムズ181号180頁
審級関係
評釈論文 小林一俊・労働経済旬報632号11頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務妨害〕
 そこで、前記1の事実が懲戒解雇に値するか否かについて検討するに、先ず、申請人は、本件加筆訂正は校正刷の原文に含まれていた、明らかに歴史的事実に反する記述を史実に即して加筆訂正したものであると主張するが、申請人が、(一)前記「新保守党史」第一回校正刷原稿五五頁「ポーランドの進攻を開始」を「ポーランドの侵略を開始」と改変したのは客観的事実に即して訂正したのではなく、ヒトラーの行為を進攻と見た著者の見解を自己の見解によつて改変したものであり(二)同六〇頁「北部仏印に進駐した。」を「北部仏印を侵略した。」と改変し、(三)同頁「南部仏印進駐を行つた。」を「南部仏印侵略を行つた。」と改変したものも軍部の右各行為を進駐と見た著者の見解を自らの見解によつて改変したものであり、(四)同書六三頁「独裁国家の如き姿となつた。」を「独裁国家の姿となつた。」と改変したのは、当時の日本を独裁国家と見なかつた著者の見解を自己の見解によつて改変したものであり、(五)同頁「敗戦の必至なことが一般国民にも容易に看取し得るようになつた。」を「敗戦の必至なことが大本営のデマ報道に入りびたりになつていた一般国民にもうすうす看取しうるようになつた。」と改変したのは、著者の書いた事実そのものを訂正したものではなく、原稿にない自己の認識あるいは意見を附加することにより、原稿に表示されている著作者の認識あるいは意見を改変したものであり、(六)同六四頁「東条内閣は周囲の情勢から総辞職を余儀なくされ、後継内閣として」を「東条内閣は総辞職、後継内閣として」と改変したのは、東条内閣が総辞職したという史実を訂正するものではなく、東条内閣の総辞職が周囲の情勢から余儀なくされたものであつたという著者の見解を自己の見解にもとずいて抹殺したものであり、また、(七)同六九頁「ヤルタ会談において秘密に米、英、華の間に」を「ヤルタ会談においてルーズベルトの発案で米、英、華との間に」と改変したのは、これまた史実の訂正ではなく、原文にあつた「秘密に」を削つたのは自己の見解にもとずいて著者の見解を省いたのであり、原稿になかつた「ルーズベルトの発案で」を加えたのは自己の史実と信ずるところを附加することにより、著作物の内容を改変したものである。しかも、以上のような附加訂正、削除等による改変が、すべて著作者Aの事前の承諾を得たものではないのみならず、事後承諾を得ることができると予想されたものでもないこと並びに右改変の大部分は、申請人が自己の思想及び政治上の立場に基き信ずるところにとらわれてこれと相容れないものはすべて誤りであると確信し、「たとえ他人の著作物といえども自己の所信に反する記載あるものはそのままの形で出版させないことこそいわゆるジヤーナリストの使命である。」という、出版報道の自由と相容れない誤つた観念のもとに敢行されたものであることは、いずれも申請人本人尋問の結果に徴してこれをうかがうに足りるから、申請人の以上の所為は、まさに被申請会社就業規則第四条に違反し、しかも他人の有する表現の自由に思いを致さずジヤーナリストとして常識を欠く点において、その情状甚だ重いものがあるといわなければならない。もつとも、申請人が前記加筆訂正した箇所を一部原文に復したことは前叙のとおりであるけれども、それは同人の自発的行為ではなく、B書籍部次長から前記の如く命令されたことによるものであり、前示未復原部分を残したのが仮に同日午後五時の終業時間までに完了し得なかつたためであるとしても、それは申請人が会社の職員就業規則第四条に違反する結果となる自説を固執して前記B次長との論争に時間を費した結果であるといわなければならないから、一部復原の事実は、未だ前記情状をそれほど軽からしめるものではない。更に申請人は、昭和三四年四月被申請会社に一般編集記者として雇傭され、昭和三五年四月から昭和三六年一一月まで主として外勤記者として勤務し、同月以降出版局書籍部に勤務するに至つたものであることは前叙のとおりであるけれども、証人Cの証言によれば、会社においては、編集記者から出版局に配置転換されることは珍しい事例ではなく(特に出版局校正係約一〇名中六名は編集関係から配置転換されたものである。)しかも、編集記者として新採用された者は署名記事等についてほしいままに改変を加えてならないことなどはいわゆる新人教育により当然これを知悉している筈であることが疎明されるから、「会社が申請人を校正係に配置転換の後単行著作物の校正にあたり原文にほしいままに改変を加えてならない旨あらためて教育指導を受けなかつたから、前記原文改変は申請人の責ではない」という申請人の主張は採用できない。なお、申請人は、被申請会社出版局において同僚が校正の際本件の如き加筆訂正しているのが常態であつて、申請人は常にこれを見ていたと主張するが、申請人本人尋問の供述及び証人Dの証言中それぞれ右主張にそう部分はいずれも証人Eの証言に照して容易に信用することができず、右主張事実を疎明するに足る資料はない。
 然らば、申請人の前記原文改変行為は、前記職員懲戒規程第五条第一号、第八号、第六条第十六号に従い懲戒解雇されても致し方のない行為であるといわざるを得ない。申請人は、右行為は「報道」又は「論評」に際して行われたものではなく、「記事内容を故意に侵す行為」にもあたらないから職員懲戒規程第五条第一号に該当しないと主張するが、本件行為は報道又は論評に際して行われたものではないから右第一号自体にはあたらないけれども、校正に際し会社の職員就業規則第四条に違反して単行著作物の内容にほしいままな改変を加えたものであるから同条第八号の「会社の諸規則または諸規程に違反し前各号に準ずる行為をしたとき」に該当し、なお、その情状から見て同規程第六条第一六号の「前条に該当する行為があり、その情状が重いと認められたとき」に該当するから、被申請人が右第六条を適用して本件懲戒解雇に及んだのは右規程の適用を誤つたものと認めることはできない。従つて、本件解雇は懲戒の理由及び懲戒規定の適用のいずれからみても解雇権濫用ではなく、この点に関する申請人の主張は採用することができない。