全 情 報

ID番号 05490
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 日本書籍出版協会事件
争点
事案概要  平日の勤務時間の午前九時三〇分から午後五時を、就業規則の変更により午前九時から午後五時まで変更したことにつき、実際の始業時刻は午前九時三〇分扱いとしていたこと等を理由に、その変更が合理性ありとされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 労働時間・休日
裁判年月日 1990年10月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (ワ) 6324 
裁判結果 棄却
出典 タイムズ758号189頁/労経速報1410号3頁/労働判例572号29頁
審級関係
評釈論文 山崎文夫・季刊労働法159号193~194頁1991年5月/諏訪康雄・ジュリスト989号108~110頁1991年11月1日/道幸哲也・法学セミナー36巻4号129頁1991年4月
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-労働時間〕
 以上の事実に基づいて、本件就業規則の勤務時間の定めが効力を有するか否かについて判断する。
 原告らは、勤務時間が午前九時三○分から午後五時までであることが原告らと被告との間の個別の雇用契約又は従前の労働協約により契約内容となっていたとして、契約に基づく原告らの勤務時間を被告が一方的に変更することはできないと主張する。確かにこのような場合、原告らの主張するとおり、新たに就業規則を制定することによって、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されない。しかしながら、労働条件の集合的な処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質に鑑みると、就業規則の当該条項が合理的なものである限り、たとえそれが労働者に不利益な労働条件を定めるものであっても、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由としてその適用を否定することは許されないものと解するのが相当である。したがって、本件就業規則の勤務時間の定めが不利益な労働条件を課すものであることは疑いないが、それが合理的なものであれば、原告らにおいてこれに同意しないことを理由として当該就業規則の適用を拒み、自己の勤務時間が従前のままであることを主張することはできないものといわなければならない。なお、原告らは、労働協約を解約したうえ、右労働協約と抵触する就業規則を制定するのは、労働協約の優越性を定める法の趣旨を潜脱するもので、効力がないと主張するが、正当な手続を履践して労働協約を解約した以上、そのことのみによって本件就業規則による勤務時間の定めが無効となることはない。
 そこで、本件就業規則における勤務時間の定めの合理性について検討する。まず、本件就業規則の制定によって、原告らに生じた不利益の程度について考えると、なるほど、従前の労働協約により被告職員の勤務時間は午前九時三○分から午後五時までとされていたものが、本件就業規則によって午前九時から午後五時までとなったのであるから、労働時間の三○分延長、繰上げを規定することにより、労働者に相当な不利益を与えるものといえそうである。しかしながら、本件就業規則施行後の原告らの実労働時間は、実際には、その施行前における実労働時間とさして差異はなく、また、本件就業規則施行後又はその施行を前提として被告と雇用契約を締結した者を除いて、本件就業規則施行前から被告に勤務している者らのほとんどが、本件就業規則施行後も午前九時から午前九時三○分の範囲内に出勤するのを原則としている実情にあり、これらの者の本件就業規則施行後の実労働時間の平均値は、なお従前の所定労働時間の範囲内にあるのであって、しかも、本件就業規則と同時に施行された同規則付属の職員賃金支給規程は、前記のとおり、遅刻又は早退による欠務時間が三○分を超える場合欠務時間三○分につき基本給の二八五分の一を減額する旨定めているところ、被告、これを一日単位で三○分以内の遅刻、早退に対して賃金カットを行わない趣旨のものとして運用しているのであるから、実際には、原告らの実労働時間は、本件就業規則の施行の前後を通じて所定労働時間の変更による見かけほどの変動はないのみならず、賃金の面においても結局原告らには何らの不利益も生じていないことになるのであって、原告らが被った実質的不利益は、仮にあるとしても、極めて小さいものといわなければならない。
 そして、前記認定のとおり、我が国における労働時間の現状、とりわけ被告の属する出版関係業界における前記認定のような実情に照らすと、被告における従前の勤務時間は、一般的水準をはるかに上回っていたこと、加えて、被告における勤務時間は、もともとは本件就業規則と同一であったところ、次第に始業時刻を守らなくなり、前記の経過を経て勤務時間を短縮する労働協約が成立したのであるが、その後の勤務状況につき、会員社からの批判、要望等を受けて、これに応えるべく始業時刻を右協約成立前と同じ午前九時として勤務時間を三○分延長したことは、前記経緯及び被告の会員社との関係に照らすと、その必要性も首肯しうるところであり、現に、被告職員の出勤時間は、総体として早まり、会員社からの前記批判、苦情等は治まっていること、また、被告と組合との交渉の経過は、被告側は、勤務時間を実働七時間、拘束八時間とすることを必須としながらも、それが確保されれば時間帯については組合側の要望に合わせてもよい旨弾力的な姿勢を示し、現に、かなりの点について組合の指摘をいれて就業規則案に修正を施し、また、結局組合の拒否に会って実施に至っていないものの、所定勤務時間の三○分の延長に対する補償として七・七パーセントの基本給増額の提案をしたのであるが、これに対して、組合側は、労働協約と異なる内容又は組合が要求している事項に反する内容のものについてすべて反対するのみでなく、就業規則案のほとんどの規定を不要、無意味と決めつけ、本件就業規則案に対する対抗策として、従前の労働協約の内容を上回る条件の総括的労働協約の締結を目標として要求するとともに、本件就業規則案の白紙撤回を要求し続けるなど前示のとおり極めて頑なな姿勢に終始したこと、さらに、被告職員の中には、本件就業規則の勤務時間の定めを前提として被告と雇用契約を締結した者もあり、これらの者は、本件就業規則所定の勤務時間を遵守していることなど前記認定の諸事情を考慮すると、被告職員の勤務時間についての右条項は、その内容及び必要性の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を備えたものということができる。