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ID番号 05658
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 白根工業事件
争点
事案概要  硫黄採掘鉱の採掘跡で起きた落盤事故で死亡した労働者の遺族が使用者に対して損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法709条
民法717条
民法722条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1973年9月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (ワ) 5896 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報725号65頁
審級関係 控訴審/03399/東京高/昭52. 5.31/昭和48年(ネ)2028号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件崩落事故発生現場である一五八m坑の採掘跡は、単なる地下の空洞ではなく、後記認定のとおり、柱房式採掘法により採掘された場所であって、垂直鉱柱と水平鉱柱によって支持されている場所である。したがって、後記認定のとおり、被告は昭和四四年六月ころその採掘を完了して施設物を撤去し、採掘完了前の同年五月ころから採掘完了後の同年七月ころまでの間にこの採掘跡に通ずる全部の坑口七か所をコンクリートのかん止堤により閉鎖してこの採掘跡へ立ち入ることができないようにし、同月ころからその採掘跡を月間約三、〇〇〇立方メートルずつスライムで充てんしていたものであるけれども、本件崩落事故当時までにはこの採掘跡の容積約三〇、〇〇〇立方メートルのうちの約三分の一にあたる約一〇、〇〇〇立方メートルを充てんしたに過ぎず、なおスライムの充てんを継続中であったのであって、完全に充てん復元していたのでない以上、一五八m坑の採掘跡は、地下に人工的に設備されたものとして、民法第七一七条にいう土地の工作物に該当するものと解すべきである。〔中略〕
 前認定のとおり、柱房式採掘法による場合、各採掘切羽間に残された垂直鉱柱はそのままに放置していると日時の経過にともなって剥離するものであり、殊にその鉱質が硫黄分含有量の多い高品位の硫黄鉱石からなる場合にはもろくて剥離し易く、垂直鉱柱の剥離が進行すればそれだけその天盤に対する支持力が低下して崩落事故が発生し易くなるのであるから、本件崩落事故発生現場である一五八m坑のような硫黄分含有量が六〇パーセントにもおよぶ極めて品位の高い硫黄鉱石が採掘される場所で採掘を行なう場合には、本件崩落事故の原因となった前認定のような事態の発生に備えて、垂直鉱柱の剥離を防止し、崩落事故発生の危険を除去するに足りる万全の設備を施すべきである。したがって、本件崩落事故発生現場である一五八m坑の採掘跡にこのような設備がなされていなかったとすれば、この採掘跡は、本来備えられるべき設備を欠いたものとして、設置、保存の瑕疵があったものといわざるを得ない。〔中略〕
 《証拠略》によれば、硫黄鉱山の坑内では亜硫酸ガスによる窒息等の災害の発生する危険があるところから、被告はこのような災害の発生を防止するため、昭和三九年一一月以降、Aを含むB鉱山の坑内作業員全員に対しA型防毒マスクを一個ずつ配布するとともに、坑内での就業にあたってはこれを携行するように指導していたこと、しかしAは本件崩落事故当日は一四〇m坑ベルトコンベアー運搬作業現場へこれを携行して行かなかったこと、Aは本件崩落事故とこれに誘発されて硫塵爆発が起きた当時、同僚のCおよびDの両名とともに右作業現場におり、CとDもA型防毒マスクを右作業現場へ携行して行かなかったが、CはAと同様に硫塵爆発の際に発生した亜硫酸ガスにより窒息死するに至ったものの、Dは一四〇m坑の坑内休憩所付近まで脱出して、重傷ながら亜硫酸ガスによる窒息死を免れたことが認められる。
 これによれば、Aは、亜硫酸ガスによる窒息等の災害の発生する危険がある坑内で作業に従事し、被告からA型防毒マスクの配布を受けるとともに、坑内での就業にあたってはこれを携行するよう指導されていたのであるから、自己の生命、身体の安全を守るためにこれを携行すべきであったのであり、Aがこれを携行していたならば、Dの例からしても、亜硫酸ガスによる窒息死だけは免れ得た可能性もあったものと考えられる。したがって、本件死亡事故の発生についてはAの側にも過失があったものといわざるを得ないから、賠償額の算定にあたってはこの過失を斟酌し、Aの得べかりし利益の喪失による損害額から二割を控除した金額をもって被告が支払うべき賠償額とするのが相当である。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 本件のように不法行為によって死亡した者の遺族が労災法に基づく遺族補償年金を受給する場合には、衡平の原則に照らし、その遺族補償年金額の現価額をその者が相続した死亡者の得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求権の額から控除するのを相当とする。そして原告Xが相続したAの得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求権の額は金五、五四〇、〇二八円の三分の一である金一、八四六、六七六円であるところ、同原告が昭和四四年一一月から昭和五二年一〇月までの間に受給したかまたは受給できる遺族補償年金額の現価額は前認定のとおりであって、これだけでも同原告の相続にかかるAの得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求権の額全額をてん補するに足りるから、同原告が同年一一月以降受給できる遺族補償年金の現価額を算出したり、厚生年金調整額の現価額をも控除すべきかについて論ずるまでもなく、同原告の右賠償請求権は存在しないことになる。