全 情 報

ID番号 05795
事件名 地位保全仮処分申立事件
いわゆる事件名 社会福祉法人東洋会事件
争点
事案概要  養護施設園長の職を解任され解雇された者が、解雇にあたっての手続きに瑕疵があるとして地位保全の仮処分を申立てた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
労働基準法3章
体系項目 賃金(民事) / 賃金・退職年金と争訟
解雇(民事) / 解雇手続
裁判年月日 1991年9月10日
裁判所名 和歌山地
裁判形式 決定
事件番号 平成3年 (ヨ) 103 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 労働民例集42巻5号689頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇手続〕
 債務者の理事会は、全理事により構成され、構成員による意見の交換と討議により業務についての意思決定を行うことを予定した重要な機関であると認められ、理事会についての右の定款の定めは、必ずしも会議体としての理事会を予定していない社会福祉事業法三七条に対する関係で、同条の別段の定めにあたると解される。
 右の債務者の理事会設置の趣旨からすると、理事会の開催に当たっては、理事全員に対して出席の機会が保障されなければならず、一部の理事に招集の通知を欠くときは、合議機関(会議体)による決議の成立過程に重要な瑕疵があるというべきであって、招集通知を欠いた理事が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情がない限り、右瑕疵ある招集手続に基づいて開かれた理事会の決議は無効になると解すべきである(最高裁判所昭和四四年一二月二日判決、民集二三巻一二号二三九六頁参照)。
 そこで、右特段の事情の有無につき検討するに、仮に、本件理事会に野田裕及び債権者が出席し、債権者の理事及び施設長の解任の議決に反対したとしても、他の四名の理事が、議事録(乙1)同様に右議決に賛成すれば、票数上は決議の結果に影響がないということになりそうであるが、単に員数の上から決議成立に影響がないと解することは、会議体における合議を重視する前記の理事会設置の趣旨に反することになる。また、債権者の理事及び施設長解任の議事が理事会に提出されたことに関しては、従業員の勤務時間についての就業規則の改正を巡っての債権者と債務者代表者との間の意見の対立が背景にあったのであるから(甲1、4、債権者本人、債務者代表者の各審尋結果)、理事会において債権者が自己の理事及び施設長解任の議決に賛成するとは予想されないところであり、理事会において債権者が自らの意見を展開して、債務者代表者と意見を闘わせた場合に、債権者の意見が決議の結果を動かさないであろうことが確実であると認めるに足りる疎明はなく、他に、右特段の事情についての疎明はない。
 したがって、債権者の施設長の解任についての債務者の理事会の議決は無効であり、これを前提とする債務者の本件解雇の意思表示は無効である。
〔賃金-賃金・退職年金と争訟〕
 疎明資料(甲4)及び債権者本人の審尋結果によれば、債権者は、子供三人を家族として有し、本件解雇により、債務者から得る賃金収入を失ったこと、以前生活していた債務者代表者(債権者の父)方を出て、現在は、懇意とする男性と同居し、右三人の子供とともに五人で生活しているが、右男性の月収が約一四万円であり、債権者のパート勤めによる月収が約四万円に過ぎず、生活に困窮していることが認められるので、債権者の賃金債権については、保全の必要性があるというべきである。
 そこで、保全すべき賃金債権の金額につき検討するに、賃金仮払仮処分は、労働者が収入の途を断たれたために生ずる差し迫った生活の危機を回避するために認められる仮の地位を定める仮処分(民事保全法二三条二項)であって、必ずしも労働者の解雇以前と同程度の生活状態の維持を目的とするものではないので、仮払を求め得る金額は、必ずしもその労働者の解雇前の賃金の額が基準となるものではない。
 和歌山市の平成二年六月から同三年五月までの各月の家計消費支出(全世帯当り一か月、なお一世帯の平均構成人員は三・六人)の平均金額が約三〇万円であること(乙10、11)、前記のとおりの現在の債権者及び債権者と同居している男性の各月収、債権者の家族構成及び生活状況を斟酌して、仮払金は月額一五万円と認めるのが相当である。
 なお、仮払を認める期間については、平成三年七月分から本案の第一審判決言渡しに至るまでと認めるのが相当である。なお、同年七月及び八月分の合計三〇万円については履行期が到来しており、同年九月分以降については、毎月、賃金支払日の二五日限りの仮払を認めるのが相当である。
 ところで、債権者は賃金仮払仮処分の他に、債務者の経営する養護老人ホーム喜望園の園長たる地位にあることを仮に定める旨の仮処分をも求めているが、この点につき債権者が保全の必要性として主張する事情は、賃金収入を失ったことによる生活の困窮に尽きるので、右のとおり賃金債権が保全され、差し迫った生活の危機を回避することが可能となったのであるから、それ以上に園長たる地位の保全の仮処分を認める必要性はないというべきである。