全 情 報

ID番号 05824
事件名 地位保全仮処分申請事件
いわゆる事件名 第一興商販売事件
争点
事案概要  転籍につき合意が成立したものの、転籍先での処遇、賃金につき合意が成立していない状態で会社が、当該労働者を退職扱いとしたのに対して、その者が地位保全の仮処分を請求した事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 転籍
退職 / 合意解約
裁判年月日 1991年11月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成3年 (ヨ) 2248 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 労経速報1445号26頁/労働判例599号56頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-転籍〕
〔退職-合意解約〕
 前記のような企業間の関係と転籍打診の経緯に照らすと、債権者の債務者からの退職の問題は、A会社への転籍に伴うものであって、その実現と一体的な関係をなすものと解されるところ、四月五日の打診の際にA会社への転籍を内諾したことは債権者自ら認めており(もっとも、その動機は、九月以降新設予定のB株式会社の取締役にしてもらえるという話だったため昇進と考えて了解したとしている。)、五月一〇日にA会社への転籍を含めて継続勤務を拒否されるに至るまでの間、A会社に転籍できることを前提とする限りで債務者からの退職を認めていたと解されるので、仮に債権者のA会社への転籍が確定的に一旦実現したとすると、経過全体として黙示の退職合意が成立したとみる余地がないかどうかが一応問題となる。しかし、その後の経過をみても、債権者のA会社への転籍が確定的に実現したものとみることはできない。すなわち、まず、債権者とA会社との間で賃金額について確定的な合意が成立したことを一応認めるに十分な疎明はない。債務者は、債権者がA会社への転籍後の待遇については、五月八日に、C社長から、基本給六〇万円に歩合三パーセントをつけることを提案されて受諾した、その際の状況は、C社長がA会社の給与規定に基づいて年齢、職能から基本給は二七万四四四〇円であり、これに各種手当を加えても五〇万四四四〇円にすぎないことを便箋に記載して示したところ、債権者が自らの筆記用具を取り出して職能の欄の右側と職務手当の右側にそれぞれ「+五〇〇〇〇」を書き加え、合計欄の「五〇九四四〇」の右側に「六〇九四四〇」と記載して、自己の希望額をC社長に示して基本給の引き上げを強く主張したので、C社長は、やむなく、債権者の言い分をほとんど受け入れて結局基本給六〇万円に歩合をつけることになり、ここに、債権者の転籍についての合意が成立したと主張する。なるほど、(証拠略)のメモには債務者主張の記載があり、これが債務者主張のとおりに債権者自らの記載によるものであるとすれば、債権者がA会社のC社長の提案を受け入れたと解すべき重要な徴憑であるということができるが、Cの陳述書(〈証拠略〉)によると、右の各「+五〇〇〇〇」という付記は、Cにおいて記載したものだというのであって、(証拠略)は決定的な証拠とはいえない。また、(証拠略)(いずれも同人の陳述書)には債務者の主張に副う記載があるが、これらは、(証拠略)に照らしてにわかに採用しがたい。また、債務者の主張するところによっても、A会社への転籍の合意が一旦成立したという翌日及び翌々日に、債権者から、給与を固定給九〇万円にしてほしい旨の要求がなされたためA会社がこれを拒絶して、労働契約を解除したというのが債務者の主張であるが、右主張のような解雇が有効たり得るかどうかはかなり問題であって、あるいは、A会社としては、債権者を採用しなかったというだけのこととしているのかもしれないが、いずれにせよ、実際に稼働する日程も決まらないうちに雇用契約が解消されてしまったというのであり、債権者の就労に至っていないことは明白な事実であり、債権者の同社への転籍が確定的に実現したとは到底みられない。したがって、債務者からの退職の合意が黙示的に成立したとみる余地もないことは明らかである。