全 情 報

ID番号 05827
事件名 休業補償費不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 和歌山労働基準監督署長(東商)事件
争点
事案概要  出張に出かけるため自宅のマンションの階段をおりる途中で転倒し負傷したことにつき、休業補償給付の請求をした労働者が、休業補償給付請求権につき時効が完成しているとして不支給の処分を受け、右処分の取消を求めた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法42条
民法166条1項
民法724条
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 時効、施行前の疾病等
裁判年月日 1991年11月20日
裁判所名 和歌山地
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (行ウ) 2 
裁判結果 棄却
出典 労働判例598号17頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-時効、施行前の疾病等〕
 労災保険法四二条が除斥期間を定めたものか消滅時効を定めたものかにつき、先ず検討するに、休業補償給付を受ける権利は、労働基準監督署長による支給決定処分に基づいて初めて金銭債権として行使できるものであり、同条所定の「権利」は、同法一二条の八により労働基準監督署長に支給決定処分を求める請求手続をする権利に過ぎないというべきである。
 しかしながら、同法四二条は、休業補償給付を受ける権利は二年を経過したときは「時効によって消滅する」ものと規定していること、また、同法は昭和二二年法律第五〇号による制定以来数次の改正を経ており、その間、同条そのものも改正の対象となったことがあったにもかかわらず、保険給付を受ける権利の消滅原因を一貫して「時効」と明示していることからすると、右立法の経緯及び法文の文理に照らし、同条は消滅時効を規定したものと解すべきである。
 次に、労災保険法四二条の消滅時効の起算点につき検討する。
 同条の消滅時効の起算点については、同法に特別の規定がないが、およそ、特定の権利に関して、その消滅時効期間の進行開始があるためには、当該権利の行使が客観的に可能であることが、当然の前提要件であり、その意味において、消滅時効の起算点についての一般法理である民法一六六条一項が類推適用されるべきところ、休業補償給付の請求が客観的に可能となるのは、「賃金を受けなくなった日の第四日目」以降の各休業日の支給分ごとに、各休業日の翌日からである。
 のみならず、休業補償給付を請求する権利は公法上の権利であるとはいえ、他面実質上不法行為に基づく損害賠償請求権と類似の性質を有するものといえるので、民法七二四条を類推適用するのが相当であること、また、そうでないとすると、業務起因性が必ずしも明白でなく、容易に知り得ない場合、労働者が補償給付を請求することは現実には期待できないにもかかわらず、消滅時効が進行することになり、労災保険法が目的とする被災者である労働者の救済とその生活の保障が実現しえなくなることからすると、休業補償給付を請求する権利の消滅時効期間の進行開始の要件としては、前記のとおりその行使が客観的に可能となったことに加えて、労働者において、負傷又は疾病が業務に起因するものであることを知ることを要すると解すべきである。
 そして、この場合の「負傷又は疾病が業務に起因するものであること」を知ることとは、民法七二四条を類推適用する趣旨に照らし、一般人ならば休業補償給付を請求しうると判断するに足りる事実、すなわち、業務遂行性及び業務起因性を基礎付ける事実を認識することと解すべきであり、労働者において右事実を認識したにもかかわらず、休業補償給付を請求しなかったとしても、それは法の不知によるものに過ぎないというべきである。〔中略〕
 本件休業補償給付を請求する権利の消滅時効は、各休業日の支給分ごとに、原告が業務遂行性及び業務起因性を基礎付ける事実を認識した後であり、かつ、右権利行使が客観的に可能となった各休業日の翌日からそれぞれ起算すべきであるので、昭和六三年一一月二八日になされた原告の本件休業補償給付の請求は、右消滅時効の完成後になされたものであるから、右消滅時効完成を理由に本件休業補償給付を支給しないとした本件処分は適法である。