全 情 報

ID番号 06039
事件名 雇用関係存在確認等請求控訴/同附帯控訴事件
いわゆる事件名 JR東日本(大曲保線区)事件
争点
事案概要  JR東日本の社員が会社設立の約一年後に四回にわたり社員用割引券を不正使用したことが就業規則の「著しく不都合な行為」に当たるとしてなされた懲戒解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
裁判年月日 1992年10月19日
裁判所名 仙台高秋田支
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ネ) 49 
平成3年 (ネ) 60 
裁判結果 変更・確定
出典 タイムズ811号132頁/労働判例631号83頁
審級関係 一審/05763/秋田地/平 3. 5.24/平成1年(ワ)292号
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 控訴会社は、国鉄の親方日の丸的経営、職場規律の乱れ等に対する様々な批判、勧告等の結果、分割民営化により国鉄の事業の一部を承継するとともに、国鉄時代の膨大な負債を引き継いで新たに設立されたのであって、副次的にせよ国鉄時代から乗車証制度には強い批判が向けられ、必要最小限の範囲で厳正に運用することで制度自体がようやく存続できたのである。控訴会社としては、設立の際の右経緯等から企業秩序の維持、確保のために会社の信用失墜、イメージダウンとならないよう規律保持が強く求められていたのであって、その一環として乗車証制度を存続させるためにも割引券等の厳正な管理、使用が社員に強く求められており、乗車券類の不正使用は厳禁とされ、不正使用した社員に対しては厳重な処分を行うとの方針で臨んでいた。そして、そのことは、秋田支店を含め控訴会社全体、社員一同に行き渡っており、割引券の不正使用は厳禁で、違反すれば厳しい処分を受けるとの認識は社員の間に浸透して、常識化していたのであり(被控訴人自身、違反した場合解雇もあり得ることを認識していた。)、だからこそ、被控訴人の所属する労働組合の幹部も被控訴人の懲戒解雇もやむを得ないものと受け止めていたものと考えられる。
 そのため、新たに控訴会社が設立されてから割引券の不正使用が激減し、本件懲戒解雇以前においては、同行為による懲戒処分例は本件を除いて僅か五件しかなく、それに対する制裁としては社員同士の一回の割引券の譲渡、不正使用したという極めて偶発的な事案でも二〇日間の出勤停止という厳しい懲戒処分が選択されており、また、新宿駅営業係員が割引券の不正使用により購入した乗車券を三回は妻に、一回は部外者に使用させ、他の社員から預かっていた割引券を一回不正使用したという事案では懲戒解雇が選択された(〈書証番号略〉)。
 このような状況下にあって、被控訴人は、控訴会社が設立されて約一年後の昭和六三年三月末から昭和六四年一月初めまでの一〇か月足らずの間に四回に亘り、社員用割引券を使用して購入した乗車券等を部外者に譲渡するという本件不正使用を反復継続して行ったものであり、一のケースでは、乗車券を譲渡した相手方から不正使用がわかって厳しく叱責されたほか、この間朝礼等でその都度上司から割引券の不正使用をしないよう厳しく注意され、支店報などでも割引券の不正使用につき注意を喚起されていたのにもかかわらず、継続して、単に飲屋で知り合った程度の知人に対し、頼まれもしないのに自ら進んで、本件不正使用をなしたものである。このように、被控訴人は、職場規律や上司の注意にも無頓着であって、規範意識の欠如は甚だしく、国鉄の分割民営化によって新たに設立された控訴会社全体、社員全体に共通する企業の秩序維持という意識に著しく欠如するものがあり、これは他の社員の規範意識の低下につながり、ひいては企業秩序を乱すものであると言わざるを得ない。
 また、被控訴人からかかる乗車券の譲渡を受けた第三者が乗車後にことが発覚すれば足止めされて事情聴取されるばかりでなく、右第三者は正規の乗車賃に加えてその二倍に相当する金員を払わなければならなくなるのであって(〈書証番号略〉)、第三者にも多大な迷惑をかける虞れのあることはもとより、他の利用者から会社運営の在り方等につき疑惑を持たれ、控訴会社の信用失墜につながる事柄でもあったのである。
 以上の諸事情を総合して勘案すると、被控訴人が本件不正行為により格別の利益を得た訳ではないこと、控訴会社に与えた実損も比較的軽微なものであったこと、懲戒解雇に付することは、国鉄以来十数年にわたって勤務してきた被控訴人の職場を奪い、その生活や将来に重大な影響を及ぼすものであることを考慮しても、なお、控訴会社が、被控訴人の本件不正使用行為をもって就業規則一四〇条一二号所定の「著しく不都合な行為」に当たるものとして、これに対して懲戒解雇を選択した判断が甚だしく均衡を失し、社会通念に照らして合理性を欠いたとは認められないのであるから、本件懲戒解雇は懲戒権者の裁量の範囲を越えた違法なものと解することはできない。そうすると、控訴人のした本件懲戒処分は有効で、これが無効であることを前提とする被控訴人の請求はいずれも理由がない。