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ID番号 06092
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 大豊運輸事件
争点
事案概要  Aの所有するタンク船の船長が船倉タンク内で窒息死した場合につき、Aと定期傭船契約を締結していた本件控訴人に安全配慮義務違反があるとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法415条
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1987年5月28日
裁判所名 広島高岡山支
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ネ) 98 
裁判結果 一部変更
出典 タイムズ662号175頁/労働判例521号56頁
審級関係 上告審/最高一小/平 2.11. 8/昭和62年(オ)1047号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 二1 右認定事実によると法形式上は対等な当事者として被告YとAとの間に運送委託契約が締結されているものの、その実質は運送の専属的下請関係にほかならず、被告Yの指示のまま積荷の運送をしており、Aにおいて積荷の撰択・拒否の自由はなく、また被告Y以外の仕事をすることも不可能であったし、その関係はAが船主になる以前の昭和四二年から継続し、船主が変われども被告Y輸とB船の関係は継続してきたのであって、被告YにとってB船は自社所有船と同様の役割りを果たしてきたこと等考慮すれば、被告YとB船の乗組員である亡C、Aとの間には実質的な使用関係があったとみることができる。
 そして、本件事故が発生した船倉タンク内は被告Yの所有であり、しかも本件のように苛性ソーダから塩化カルシュウムに積荷が変わる際、船倉タンク内の洗浄が必要である旨一般的ではあるが被告Yは指示していたこと、本件はまさに右洗浄作業中に発生したこと等考え合わせると、被告Yにおいて船倉タンク内における酸欠による死亡事故が予想できた場合には、信義則上、船倉タンク内での作業者(本件では亡C)に対し、窒息事故を防止するための安全配慮義務があると解することができる。もっとも、被告Yと亡Cとの間には事実上の使用関係があるにすぎないから、右義務を契約上の義務であり、その義務違反を債務不履行と解することはできない。しかし、右安全配慮義務は、不作為による不法行為の成立要件である作為義務ないし不法行為の過失を構成するものであって、右義務違反のある場合は不法行為が成立すると解することができる(なお、原告らは安全配慮義務違反を債務不履行と構成し、不法行為の主張はしていないが、それは専ら法的判断の問題であるし、弁論の全趣旨によれば、原告らは当初から予備的に安全配慮義務違反の不法行為を主張していたと解せられる。)。
 2 そこで、被告Yが船倉タンク内での窒息死事故を予想できたか判断するに、前記第一認定のとおりB船は従前から圧縮空気を併用する荷揚作業を行ってきたこと、右作業は被告Yの貸与したカーゴポンプの出力不足からきていること、弁論の全趣旨によれば、圧縮気体による荷揚方法として圧縮窒素による方法も行われていることが認められることや、圧縮空気による陸揚を禁じている前記危険物船舶運送及び貯蔵規則八三条の規定等に、そもそも船倉タンク内のような外部と遮断された場所は窒息事故が起こりやすい典型的な場所であることを総合すれば、被告Yは本件のように船倉タンク内に圧縮窒素が注入され、場合によっては酸欠による死亡事故が発生するということは十分予見可能であったと認められる。
 3 (証拠略)によれば、被告Yは、船主に対して、船倉タンク内の洗浄作業については、その危険性の説明を行ったことがあるが、その説明は専ら積荷自体(化学品)の危険性の説明であって、タンク内の酸欠の危険性については何ら説明せず、また、被告Yの擁する船舶の内一〇艘には酸素検知機が設置されていたが、B船にはそれが設置されていなかったこと、被告Yは船主に対して、酸素検知機を設置するよう注意したこともなかったことが認められる。
 ところで、被告Yにおいて直接或いは船主を通じて第一栄勢丸の乗組員に酸欠の危険性を認識させ、酸素検知機を自ら設置するか、その設置を船主に指示しておれば、本件事故の発生を防止できたと考えられる。
 4 右1ないし3のとおり、被告Yは、安全配慮義務を怠った結果本件事故が発生したのであるから、不法行為者として亡Cの死亡によって生じた損害を賠償する義務がある。