全 情 報

ID番号 06155
事件名 未払賃金請求事件
いわゆる事件名 沼津交通事件
争点
事案概要  タクシー会社の運転手に対し皆勤手当(三一〇〇円ないし四一〇〇円)を支給するが、勤務予定表作成後に年次有給休暇を取得した場合は手当の全部または一部を支給しない定めにつき、労働基準法が年次有給休暇を保障した趣旨を実質的に失わせるものとはいえず、公序に反しないとされた事例。
参照法条 労働基準法39条
労働基準法134条
民法90条
体系項目 年休(民事) / 年休取得と不利益取扱い
裁判年月日 1993年6月25日
裁判所名 最高二小
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (オ) 1078 
裁判結果 一部認容・却下
出典 民集47巻6号4585頁/時報1464号152頁/タイムズ822号161頁/裁判所時報1101号2頁/労経速報1503号3頁/労働判例636号11頁
審級関係 控訴審/06324/東京高/平 4. 3.18/平成2年(ネ)4399号
評釈論文 岡田健・平成5年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊852〕326~327頁1994年9月/荒木尚志・月刊法学教室163号108~109頁1994年4月/水野勝・労働法律旬報1338号6~14頁1994年6月25日/西谷敏・私法判例リマークス〔9〕<1994〔下〕>〔法律時報別冊〕11~14頁1994年7月/千葉勝美・ジュリスト1031号124~125頁1993年10月1日/千葉勝美・法曹時報46巻9号182~195頁1994年9月/大江忠・NBL548号60~63頁1994年7月1日/島田陽一・法律
判決理由 〔年休-年休取得と不利益取扱い〕
 労働基準法一三四条が、使用者は年次有給休暇を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならないと規定していることからすれば、使用者が、従業員の出勤率の低下を防止する等の観点から、年次有給休暇の取得を何らかの経済的不利益と結び付ける措置を採ることは、その経営上の合理性を是認できる場合であっても、できるだけ避けるべきであることはいうまでもないが、右の規定は、それ自体としては、使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されない。また、右のような措置は、年次有給休暇を保障した労働基準法三九条の精神に沿わない面を有することは否定できないものではあるが、その効力については、その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年次有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、年次有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるものでない限り、公序に反して無効となるとすることはできないと解するのが相当である(最高裁昭和五五年(オ)第六二六号同六〇年七月一六日第三小法廷判決・民集三九巻五号一〇二三頁、最高裁昭和五八年(オ)第一五四二号平成元年一二月一四日第一小法廷判決・民集四三巻一二号一八九五頁参照)。
 これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、(1) タクシー会社においては、自動車の実働率を高める必要があることから、乗務員の出勤率が低下するのを防止するため、皆勤手当の制度を採用する企業があり、被上告会社においても、昭和四〇年ころから、乗務員の出勤率を高めるため、ほぼ交番表(月ごとの勤務予定表)どおり出勤した者に対しては、報奨として皆勤手当を支給することとしていた、(2)被上告会社は、その従業員で組織するA労働組合との間で締結された昭和六三年度及び平成元年度の労働協約において、交番表に定められた労働日数及び労働時間を勤務した乗務員に対し、昭和六三年度は一か月三一〇〇円、平成元年度は一か月四一〇〇円の皆勤手当を支給することとするが、年次有給休暇を含む欠勤の場合は、欠勤が一日のときは昭和六三年度は一か月一五五〇円、平成元年度は一か月二〇五〇円を右手当から控除し、欠勤が二日以上のときは右手当を支給しないこととした、(3) 上告人は、昭和五〇年七月一六日、被上告会社に乗務員として入社したが、昭和六三年五月、八月、平成元年二月、四月、一〇月における現実の給与支給月額は、二二万円余ないし二五万円余であり、右皆勤手当の額の右現実の給与支給月額に対する割合は、最大でも一・八五パーセントにすぎなかった、(4) 上告人は、昭和六二年八月から平成三年二月までの四三か月間に四二日の年次有給休暇を取得し、それ以外の年次有給休暇九日分については上告人の意思に基づきその不行使につき被上告会社が金銭的補償をしている(いわゆる有給休暇の買取り)、というのである。
 右の事実関係の下においては、被上告会社は、タクシー業者の経営は運賃収入に依存しているため自動車を効率的に運行させる必要性が大きく、交番表が作成された後に乗務員が年次有給休暇を取得した場合には代替要員の手配が困難となり、自動車の実働率が低下するという事態が生ずることから、このような形で年次有給休暇を取得することを避ける配慮をした乗務員については皆勤手当を支給することとしたものと解されるのであって、右措置は、年次有給休暇の取得を一般的に抑制する趣旨に出たものではないと見るのが相当であり、また、乗務員が年次有給休暇を取得したことにより控除される皆勤手当の額が相対的に大きいものではないことなどからして、この措置が乗務員の年次有給休暇の取得を事実上抑止する力は大きなものではなかったというべきである。
 以上によれば、被上告会社における年次有給休暇の取得を理由に皆勤手当を控除する措置は、同法三九条及び一三四条の趣旨からして望ましいものではないとしても、労働者の同法上の年次有給休暇取得の権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められないから、公序に反する無効なものとまではいえないというべきである。これと同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は採用することができない。