全 情 報

ID番号 06208
事件名 地位保全仮処分申立事件
いわゆる事件名 日本メタルゲゼルシャフト事件
争点
事案概要  退職を勧告された労働者が取引先や同僚に「今日で最後です」といった挨拶をしたが、これは自宅待機をする意思を表示しただけであり退職する意思はなかったとしてドイツ本社に日本法人幹部を誹謗する文書を送付し地位保全の仮処分を申し立てたため、会社が右労働者を懲戒解雇したところこれにも異議が述べられたため、裁判所で懲戒解雇の普通解雇への転換を主張するとともに、あらためて業務遂行能力に欠けるとして普通解雇を行ったことにつきその効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働基準法89条1項3号
民法627条1項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒解雇の普通解雇への転換・関係
解雇(民事) / 解雇事由 / 職務能力・技量
退職 / 任意退職
裁判年月日 1993年10月13日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成4年 (ヨ) 2277 
裁判結果 却下
出典 労働判例648号65頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-任意退職〕
 債権者が、四月九日、取引先に退職する旨伝え、同僚に「今日が最後です」と挨拶して帰宅し、以後出社していないことをもって任意に退職したものと認め得るか否かについて判断する(四月九日が金曜日であることは裁判所に顕著な事実である。)。(証拠略)によれば、右各書面には、六月一四日(三月二五日に交付されたものによれば五月二六日)に退職することの勧告とともに、四月一二日以降は出社に及ばないが右退職の日までの賃金が支給されること、通常の退職金に加えて割増勧奨金が支給されることが記載されているのであって、その解釈については後述するように疑義のあるところではあるが、いずれにしても直ちに従業員としての身分を喪失させるものではないことは明らかであるから、債権者としては、もしこれに不服があって何らかの方法で争うとしても、とりあえずこれに従って自宅待機した上でこれを行うという形をとるのが自然であり、その際に取引先及び同僚に挨拶をするのは退職の意思の有無にかかわらず何ら不自然ではないと考えられるから、債権者の右行為をもって退職の意思の発現と認めるのは困難である。そして、他に債権者が任意に退職したと認めるに足りる証拠はなく、かえって債権者は四月八日に本件申立を行っているのであって、これらを総合すると、債権者が任意に退職したものと認めることはできない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
 債務者が懲戒解雇の事由として掲げる事実はいずれも労働者に対する制裁の極致としての懲戒解雇に値するものとは解されないので、主張自体失当である(問題になる余地があるのは、ドイツ本社に債務者幹部を誹謗中傷する内容虚偽の文書を送付したとする点であるが、送付した先が外部の取引先等ではなく、ドイツ本社であって、対外的信用を害した場合を想定した「会社の信用を失墜させたとき」に該当するものとは言えないこと、交付された書面の文言に疑義はあるにせよ会社にとって不要の人材であることを宣告された直後の行為として汲むべき点があると思われ、これのみをもって懲戒解雇の事由とすることは困難であると解される。)。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒解雇の普通解雇への転換・関係〕
 懲戒解雇は、企業秩序違反に対する制裁罰として普通解雇とは制度上区別されたものであり、実際上も普通解雇に比して特別の不利益を労働者に与えるものであるから、仮に普通解雇に相当する事由がある場合であっても、懲戒解雇の意思表示を普通解雇の意思表示に転換することは認められないと解する。
〔解雇-解雇事由-職務能力・技量〕
 債権者の勤務態度ははなはだ芳しくなく、職場に適応する意思がないものと認めざるを得ず、殊に債務者のように小規模な会社の小人数組織における意思疎通の重要性に鑑みると、債権者の上司との意思疎通を軽視し続けた勤務態度は、「会社が要求した業務を遂行する能力が欠けているとき」に該当するものと認めるのが相当である。
 債権者は、右条項は、新しく採用された者あるいは近時能力の急変等があった者を想定した規定であると主張するが、そのように限定的に解すべき理由は見いだせない。〔中略〕
 以上に加えて、債務者が小規模な会社である上に、既に非鉄金属部門でトラブルを起こして移籍及び降格された経歴のある債権者を受け入れる部門もなく、もはや配転により心機一転を図ることも困難であること、昨年来業績が悪化しており、従業員が一丸となって不況に立ち向かわなければならない状況にあること等を勘案すると、債務者のした本件解雇をもって解雇権の濫用であると認めることはできない。債権者は、右解雇をもって四度目の解雇の意思表示であり、解雇権の濫用であると主張するが、三月二五日及び三一日に交付された書面が解雇の意思表示ではないことは既に判示したとおりであり、懲戒解雇と普通解雇とは既に判示したとおりその要件及び効果が異なるのであるから、債務者がその双方を選択することは何ら妨げられるものではなく、右主張は失当である。
 したがって、債権者は、本件解雇の意思表示が到達した日の三〇日後である平成五年八月一九日の経過とともに債務者の従業員としての地位を喪失したものと認められる。