全 情 報

ID番号 06306
事件名 雇用関係存続確認等請求事件
いわゆる事件名 アール・エフ・ラジオ日本事件
争点
事案概要  ラジオ放送会社でアナウンサーをしていた労働者が満五五歳に到達し、会社の五五歳定年制により定年退職扱いとされたことに対して、右五五歳定年制は雇用における年齢差別を禁止する憲法一四条、生存権を保障する同二五条等に反し、公序良俗に違反し、権利濫用・信義則違反で違法・無効であるとして、満六〇歳までの右放送会社の従業員であることの確認とその間の賃金の支払いを求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
日本国憲法14条1項
体系項目 退職 / 定年・再雇用
裁判年月日 1994年9月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (ワ) 7623 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報1509号3頁/タイムズ880号193頁/労経速報1540号3頁/労働判例658号13頁
審級関係
評釈論文 小俣勝治・労働法律旬報1358号28~36頁1995年4月25日/清正寛・平成6年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1068〕189~190頁1995年6月/西田和弘・法政研究〔九州大学〕62巻2号139~149頁1995年11月/長淵満男・法律時報68巻2号103~107頁1996年2月/木下潮音・経営法曹109号83~95頁1995年6月
判決理由 〔退職-定年・再雇用〕
 被告会社の就業規則上、定年退職と解雇とは明確に区別されており、これまで社員が満五五歳の定年に到達したときには、退職となるかどうかについて被告会社の裁量を許さず、一律かつ当然に退職するものとして取り扱ってきており、被告会社の労働者もそのように認識していたものと認めることができるのであるから、定年制度により、就労能力及び就労意欲を有する労働者をその意に反して退職させることがありうることの一事をもって、これを解雇と同列に置くことは相当でないというべきである。
 したがって、本件五五歳定年制は、満五五歳の到達により被告会社又は労働者のいずれの当事者の意思表示なくして当然に雇用契約を終了させる制度であり、被告の原告に対する前記定年退職予告の意思表示は、定年によって雇用契約が終了する旨の通知にすぎないものと解するのが相当である。〔中略〕
 およそ定年退職制は、一般に、老年労働者にあっては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにもかかわらず、給与が却って逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化のために行われるものであって、一般的にいって、不合理な制度ということはできない(最高裁判所昭和四三・一二・二五大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)。
 しかしながら、雇用契約における定年制度の合理性は、定年年齢と社会における労働力人口との関連において、企業における限られた雇用可能人員の中で、人件費負担増の防止、労働能力が減退した労働者の交替、若年労働者の雇用の必要性、人事の停滞回避、企業活力の維持等のために企業経営上必要とされる限度においては社会的に許容されるものであるから、それは、当該定年年齢、社会における労働力人口、企業経営をとりまく諸事情を総合考慮して判断すべきものと考えられる。しかも、定年制度の改革は、賃金制度、人事管理制度、能力維持開発訓練制度と密接に関連するものであり、これらは労使の合意の上に成り立つものであり、その自主的努力の集積によって普遍化するものであるから、本件五五歳定年制を原告に適用することが公序良俗違反、権利濫用、信義則違反に該当し無効であるといえるためには、本件五五歳定年制についての被告会社におけるこれらの対応等が社会的相当性を欠くものであることを要するものといわなければならない。〔中略〕
 憲法一四条一項は、年齢による差別を明示的には禁じていないが、雇用関係において、年齢による取扱いの差が合理性を欠くものであるならば、右憲法条項違反となることがありうるものと解すべきであるが、一般に、定年制は、定年に達したすべての者に対して機械的かつ一律的に適用されるものであって、いわゆる形式的平等は満たされているということができる。また、実質的に考えてみても使用者の側からみると、前記のとおり、一般に労働者にあっては、年齢を経るにつれ、当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却って逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化を図るために定年制の定めが必要であるという合理的理由が存するし、労働者の側からみても、定年制は、いわゆる終身雇用制と深い関連を有し、定年制が存するが故に、労働者は、使用者による解雇権の行使が恣意的になされる場合は、これが権利濫用に当たるものとして無効とされ、その身分的保障が図られているものということができ、また、若年労働者に雇用や昇進の機会を開くという面があり、一応の合理性があることを否定できない。
 したがって、五五歳定年制をもって、憲法上の平等原則に違反しているとみることはできないというべきである。〔中略〕
 以上の諸事情に照らして考えると、高齢化社会に進展したわが国において、雇用慣行の長所を生かしながら、高年齢者の雇用を確保し、その経験や能力を活用していくことにより活力ある社会を維持していくことは、事業主に課せられた重要な社会的要請であり、六〇歳定年制は事業主の負う基本的な社会的責務であるというべきであるが、このような社会的責務は事業主の経営、雇用管理上の条件整備を労働者の協力も得て進めることにより達成することが可能となるのであるから、産業社会においてこれが普及して普遍化した段階にあっては、特段の事情のない限り、右社会的責務を履行せずにこれを達成しないことは社会通念上違法・無効であるというべきである。しかしながら、本件にあっては、本件五五歳定年制が社会通念上違法・無効なものであるかどうかについての判断の基準時点は、本件五五歳定年制が原告に適用されることが現実化した時点、すなわち原告が満五五歳に達した平成二年二月二八日の時点をもって相当とするところ、この時点において、六〇歳定年制が既に放送業界を含む産業社会で主流となっていたということがいえるものの、五五歳定年制が維持されたままの企業も多く存在し、必ずしも六〇歳定年制が普遍化した状況にあったものとはいいがたいのであって、本件五五歳定年制をもって、これを違法・無効とするまでの客観的法規範が形成されていたと認めることは困難である。被告会社は、平成二年二月当時、高年齢者雇用安定法に定める努力義務を十分に尽くさず、原告を含め定年後も就業の意欲と能力を有する退職者を組合員・非組合員の区別なく可能な限り再雇用すべき配慮に欠けていたが、本件五五歳定年制が平成二年二月二八日の時点における客観的法規範に反するとはいえず、しかも、当時は被告会社において六〇歳定年制を直ちに実現することが容易であったとすることができない以上、右個別的事情があるからといって、本件五五歳定年制が公序良俗に反し、あるいは権利濫用、信義則違反に該当するということはできないというべきである。
 もっとも、本件訴訟の口頭弁論終結当時についてみれば、放送業界をはじめ企業の六〇歳定年制の実施状況は一段と進展し、平成二年一二月の高年齢者等職業安定対策基本方針において平成五年度までに六〇歳定年の完全定着を図ることが策定され、被告会社の経営事業が現在においても特に悪いために定年引上げによって事業活動に著しい支障を与えるものとはいいがたいことにかんがみると、少なからず高年齢者の従業員が就労し、かつ、公共性の高い免許事業を営む被告会社が定年引上げ計画を実現しえなかったことは遺憾である。