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ID番号 06315
事件名 損害賠償請求控訴・同附帯控訴事件
いわゆる事件名 大東マンガン事件
争点
事案概要  マンガン精錬所の元従業員が、劣悪な環境下で長年マンガン粉塵に暴露したことによりマンガン中毒及びじん肺に罹患したとして、事業主及び国を相手として損害賠償を請求していた事件。
参照法条 国家賠償法1条
労働基準法55条
体系項目 監督機関(民事) / 監督機関に対する申告と監督義務
労災補償・労災保険 / 審査請求・行政訴訟 / 審査請求との関係、国家賠償法
裁判年月日 1985年12月23日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ネ) 1949 
昭和57年 (ネ) 1953 
昭和59年 (ネ) 2405 
裁判結果 一部取消,一部棄却(上告)
出典 時報1178号27頁/タイムズ582号47頁/労働判例466号5頁/訟務月報32巻7号1561頁
審級関係 一審/01619/大阪地/昭57. 9.30/昭和51年(ワ)4187号
評釈論文
判決理由 〔監督機関-監督機関に対する申告と監督義務〕
〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-審査請求との関係、国家賠償法〕
 労働基準法は、労働者の生活を保障するために、労働条件の最低基準を設定し、これを民事上実現する(一三条)と同時に、罰則を設けてこれに違反する使用者に刑事罰を科することとし、その実効を確保している。そして、右労働条件の維持、労働者の安全衛生、労働災害の防止は第一次的には使用者の義務とされ、国は後見的立場において使用者の右義務履行を監視し、場合によつては罰則を背景としその圧力によつて違反行為の発生を未然に防止し、またこれを終息させるべく行政指導を行うものである。
 右の理は、現行労基法及び旧法ともに変わりはないところであるが、右行政的監督につき、労働者に対する関係で監督義務を直接的に定める規定はない。原告ら主張の旧法五四条は、事業場設置等の場合の使用者の届出義務と行政官庁の使用者に対する工事の差止め又は計画変更の権限を定め、旧法五五条は、労働者を就業させる事業の建設物、寄宿舎、設備、原料、材料等が安全衛生の基準に違反する場合の行政官庁の使用者に対する使用停止等の命令権限を定め、更に、旧法一〇一条一項ないし三項は、労基官による臨検、帳簿書類の提出、尋問、強制検診、有害物収去に関する権限を規定し、旧法一〇三条は、使用者が右安全衛生の基準に違反し、かつ、労働者に急迫した危険がある場合、労基官は、五五条の規定による行政官庁の権限を即時に行うことができると定めていた。しかし、右は行政官庁の権限行使を直接に義務づけたものとは解することはできず、また、旧法五四条二項は、同条一項により届出された計画を審査した結果、その計画による建設物又は設備の設置、移築又は変更が労働者の安全衛生上不備であると認める場合には、所轄労働基準監督署長は、工事の着手を差し止め、又は計画の変更を命ずることができる旨を規定し、旧法五五条一項も、建設物、設備又は原料、材料が安全及び衛生に関し定められた基準に反する場合には、その全部又は一部の使用の停止、変更その他必要な事項を命ずることができると規定し、更に、旧法一〇二条は、労基官の司法警察員としての職務権限を規定しているけれども、右各規定をはじめ旧法及びその関連法令における労働者の安全衛生及び労働災害防止に関する諸規定は、いずれも使用者をして第一次的かつ最終的義務者であることを前提とし、行政官庁の権限は右使用者の義務履行を後見的に監督するものとされているのであつて、このような労働基準監督行政の性質からして、行政官庁による右諸規定に定められた権限の行使は、その合理的な裁量に委ねられたものと解するのが相当である。
 また、右労働基準監督行政の性質及び国としては労働者災害補障保険法に基づき労災保険を管掌運用することにより労働災害に対する行政的救済を図つていること並びに安全衛生と労災防止については労働者もこれに努めるべきものであること等を併せ考えると、原告らが主張するような憲法二五条、二七条、旧法一条、一三条を根拠にしても、右労働基準監督機関に原告ら主張のような行政上の措置ないし行政指導をなすべき義務を労働者との関係において直接に認めることはできない。〔中略〕
 労働基準監督行政が労働者のために最低の労働条件を保障することを目的とし、監督機関の使用者に対する広範な監督権限を認め、労働者の安全衛生については前記のように使用者に対して建設物、設備等又は原材料について使用の停止、変更を命じることができ、更に司法警察員としての権限を行使することができる等、強力な権限を監督機関に与えているのであり、右権限の行使は個別、具体的な事業場につき当該事業場の労働者保護を目的としてなされることに鑑みると、監督機関が具体的事案について右権限の行使・不行使について著しく合理性を欠く場合においては、当該労働者との関係で違法であり、国家賠償責任の生じる場合がないとはいえない。いかなる場合がこれに当たるかは、具体的事案について個別的に検討すべきであり、これを一般的抽象的に論じることは当をえないけれども、上来説示の労働基準監督行政の目的、性質並びに監督機関、使用者及び労働者の関係からして、少なくとも当該事業場につき労働者に対し切迫した重大な危険の発生が予見され、監督機関の監督権限行使以外の方法によつては危険の発生を防止できず、かつ右権限の行使によつて危険の発生を防止することが可能であるのに、監督機関が右権限を行使しなかつた場合にこれを認めるべきであるということができよう。
 右に反し、労働基準監督行政において、監督機関は労働者に対して直接責任を負うことなく、仮に責任を負うとしても使用者の違法行為に加功・加担したような特殊例外的な場合に限る旨の被告の主張(原判決事実摘示第二の三の6の(二)及び(三)、当審被告主張の2)は採用できない。〔中略〕
 本件事業所においては、労働者がマンガン中毒症及びじん肺に罹患しこれが増悪するという重大な危険が存在し、かつ、その危険を予知しえたものではあるが、これが危険防止の義務と責任は使用者A会社に存するのであり、同人によつて防止することも不可能ではなかつたものであり、労働者である原審原告らにおいてもこれが防止に協働できないわけではなかつたと考えられる。ただ、使用者A会社につきマンガン中毒等の危険に対する認識の欠如が本件のような重大な結果を招いた一因となつたことは否定しえないが、既に昭和二五、六年から監督機関による指導があり、同三一年には監督機関によるマンガン中毒、じん肺につき特殊健康診断も実施されていたことからして、使用者A会社においてマンガン中毒、じん肺の危険についての認識を得ることは可能であつたわけである。このようなことを考え合せると、監督機関の右程度を超えた更に強力な監督権限の行使がなければ危険を防止しえなかつたということはできず、右権限不行使に著しい不合理があつたと認めることはできない。