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ID番号 06423
事件名 懲戒処分取消等請求事件
いわゆる事件名 三菱自動車工業事件
争点
事案概要  上司に対する暴行を理由とする減給処分が有効とされた事例。
 上司に対する暴行を理由とする減給処分につき、手続上の瑕疵はなかったとされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条2項
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 暴力・暴行・暴言
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1994年12月9日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ワ) 5 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1550号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
 (一) 本件懲戒処分は前記争いのない事実等記載のとおり、就業規則七二条一項五号及び六号に基づいてなされたものであり、右条項は、「正当な理由なしに業務命令もしくは上長の指示に反抗し、または職場の秩序をみだしたとき」(五号)、「他人に暴行脅迫を加え、またはその業務を妨げたとき」(六号)にそれぞれ懲戒解雇に処するが、情状酌量の余地があると認められるときは、出勤停止または減給にとどめることがある旨を規定している。
 そして、本件懲戒処分の対象となった原告の暴行行為のうち、Aに対する暴行行為は、同条六号の「他人に暴行を加えたとき」に該当するということができるが、右暴行の程度は、前記認定のとおりAの右腕上部を掴んだという程度であること、また右暴行に至った原因も、B病院での受診を希望した原告が、定型的な処理にこだわって原告の希望を入れようとしなかったA主任その他の職制に対する腹立ちからなされたものと認められ、本件においてB病院を受診することの相当性はともかくとして、医師選択が基本的に自由であることからすれば、その動機においても宥恕すべき点があることを考慮すると、右Aに対する暴行行為のみをもって本件懲戒処分の対象行為となすことは、処分の相当性を欠くおそれなしとしない。
 (二) しかしながら、Cに対する暴行行為は、前記認定のとおり、直接の上司を押し倒したというものであって、これが前記就業規則七二条五号所定の「正当な理由なしに業務命令もしくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」及び同六号所定の「他人に暴行脅迫を加え、またはその業務を妨げたとき」に該当することは明らかであると言うべきところ、右のような暴行態様に鑑みれば、右暴行によってCが負傷したか否かに拘らず、被告の社内秩序維持の観点から看過することのできないものというべきであって、その動機が、右足を負傷している原告に対してCがラインの仕事をさせようとしているとの誤解が引き金になったものであることを考慮しても、懲戒処分をもって臨むに足りる重大な非違行為であったと言わざるを得ない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 次に本件懲戒処分の手続的な違法性の有無について判断する。
 1 一般的に、企業内における懲戒処分は、企業内における秩序維持の観点から認められているものであって、懲戒権を行使するに当たり国家の刑罰権行使に関する厳格な手続と同様の手続を採らなければならないと解する根拠はない。そして、就業規則等において、懲戒処分に関する実体的要件とともに手続的要件が定められている場合においても、右手続的要件が合理性を備えている限り、右手続に従ってなされた懲戒処分は有効であるというべきである。
 2 これを本件について見るに、懲戒処分の手続に関する被告の定めは、前記争いのない事実等記載の就業規則、労働協約、事業所協定及び表彰懲戒委員会規程等に定められたとおりであって、右就業規則等において定められた懲戒手続は、企業における懲戒手続を定めたものとして比較的整備されているものであり、その手続内容としても充分に合理性を有するものであると認められる。
 3 そして、いずれも成立に争いのない(証拠略)及びこれにより真正に成立したと認められる(書証略)原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件懲戒処分がなされるに至った手続について次のとおり認められる。
 (一) 本件暴行事件発生後、懲戒事案を所掌する勤労課のD勤労課長は、ボデー課のE課長及びF安全福祉課長からこれら事件の一連の経過について報告を受けたため、八月三〇日ころ、原告及びG、C、Aら関係者に対して事情聴取を行った。
 (二) 右事情聴取において、原告は本件原告の主張と同旨の弁解をし、これに対し、G、C、Aらは本件被告の主張と同旨の供述をした。
 (三) D課長は、右事情聴取の結果、原告が本件暴行行為を行ったとの判断に達し、懲戒委員会を開いて原告の行為につき懲戒処分をなすべきか否かを審議することが相当であるとして、労働協約及び表彰懲戒委員会規程に基づき、懲戒委員会を開催するための手続を採った。
 (四) 九月二四日、表彰懲戒委員会規程所定の委員で構成された懲戒委員会が開催され、本件暴行事件に関する審議が行われた。
 右懲戒委員会においては、D勤労課長及びH人事係長から、前記事情聴取に基づく事実経過や原告の弁明の内容等が報告され、委員による検討がなされたが、組合支部側の委員から組合として独自に事実調査を行いたい旨の申し出がなされ、委員長がこれを了承して、次回の委員会開催日を九月二七日とすることに決めた。
 (五) 同月二五日、組合支部側の懲戒委員たるI委員長、J書記長、K執行委員は、原告に対して本件暴行事件について事情聴取を行ったが、右事情聴取においても、原告は前記と同様の弁解をした。
 (六) 同月二七日、懲戒委員会が再開され、組合支部側の懲戒委員らは、右のとおり組合支部として独自に原告をはじめ関係者から事情聴取を行ったが、本件暴行事件は原告の暴行行為に基づくものであると判断せざるを得ない旨報告をなし、その結果原告に対する処分案の審議が行われた。
 右審議において、出勤停止一日の処分とする意見と、更に情状酌量して減給相当とする意見が出されたが、委員会としては原告に対する懲戒処分は今回が初めてであること、被害者の怪我も軽微であること、原告がかかる行為に及んだのは怪我により精神的に不安定であったからとも考えられること等を勘案して、減給一等の処分案で所長答申とすることを決した。
 (七) 一〇月一一日、懲戒委員会の審議の結果に基づき所長宛報告及び決裁手続が進められ、同所長は翌一二日に同委員会の答申どおりの処分とすることを決し、同月一五日、原告の所属長であるL工作部長を通じ、原告に懲戒処分として減給一等に処する旨告知するとともに、同月一九日支払いの原告の給与より、原告の平均賃金一日分の五〇パーセントに当る金二七三八円の控除を行った。
 以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
 4 右認定の事実によれば、本件懲戒処分は就業規則、労働協約及び表彰懲戒委員会規程等所定の手続に則って行われたものと認められ、その手続的な運用に不合理な点は認められないから、本件懲戒処分が手続的に無効であるということはできない。