全 情 報

ID番号 06573
事件名 営業禁止仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 東京リーガルマインド事件
争点
事案概要  債権者の営む司法試験予備校において専任講師を務め監査役の経験もあった者と、代表取締役を務め監査役に就任していた者が、退職後、競業避止義務を定める特約等に違反して営業を行ったとして、債権者が営業禁止の仮処分を申し立てた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法93条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / その他
裁判年月日 1995年10月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成7年 (ヨ) 3587 
裁判結果 却下(抗告)
出典 時報1556号83頁/タイムズ894号73頁/労働判例690号75頁/労経速報1596号3頁
審級関係
評釈論文 森田果・ジュリスト1131号125~129頁1998年4月1日/石橋洋・判例評論454〔判例時報1564〕211~219頁1996年12月1日/池田辰夫・差止めと執行停止の理論と実務〔判例タイムズ臨時増刊1062〕265~270頁2001年8月/土田道夫・ジュリスト1097号142~146頁1996年9月15日/藤原稔弘・季刊労働法180号167~170頁1996年11月/内藤恵・平成8年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1113〕219~221頁1997年6月/柳澤旭・法律時報69巻3号114~117頁
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-その他〕
 労働者がその職務遂行に関し労働契約終了後の競業避止義務を負担するか否かをもって、労働条件に付随し、これに準ずるものととらえることが可能であるとすれば、労働者の個人的な事情ではなく、専らその職務内容との関係において労働契約終了後の競業避止義務を負担させるか否かが問題になるのであるから、使用者が事業の運営上労働条件に付随し、これに準ずるものとして統一的、画一的に労働契約終了後の競業避止義務を定める必要の存する場合を一概に否定することはできない。したがって、労働契約終了後の競業避止義務の負担は、それが労働契約終了後の法律関係である一事をもって就業規則による規律の対象となり得ること自体を否定する理由はなく、労働者に不利益な労働条件を一方的に課する就業規則の作成又は変更の許否に関する判例法理(最高大昭四三・一二・二五判、民集二二巻一三号三四五九頁、秋北バス事件、最高二小昭五八・七・一五判、判例時報一一〇一号一一九頁、御国ハイヤー事件、最高二小昭五八・一一・二五判、判例時報一一〇一号一一四頁、タケダシステム事件、最高一小昭六一・三・一三判、裁判集民事一四七号二三七頁、帯広電報電話局事件、最高三小昭六三・二・一六判、民集四二巻二号六〇頁、大曲市農業協同組合事件、最高一小平三・一一・二八判、民集四五巻八号一二七〇頁、日立製作所武蔵工場事件、最高二小平四・七・一三判、判例時報一四三四号一三三頁、第一小型ハイヤー事件)に照らしてその拘束力の有無を判断すべきものと解するのが相当である。〔中略〕
 しかして、労働者は、労働契約終了後は、職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であり、労働契約終了後まで一般的に競業避止義務を当然に負うものではないのであるから、就業規則の作成又は変更によって労働者に労働契約終了後の競業避止義務を一方的に課することは、労働者の重要な権利に関し実質的な不利益を及ぼすものとして原則として許されず、労働者の職務内容が使用者の営業秘密に直接関わるなど、労働者の職務内容が使用者の保護に価する秘密に関わるものであるため、使用者と労働者との間の労働契約関係に、労働者が職務遂行上知った使用者の秘密を労働契約終了後であっても漏洩しないという信頼関係が内在し、労働者に退職後まで競業避止義務を課さなければ使用者の保護されるべき正当な利益が侵害されることになる場合において、必要かつ相当な限度で競業避止義務を課するものであるときに限り、その合理性を肯定することができ、右合理性の判断に当たっては、労働者の受ける不利益に対する代償措置としてどのような措置が執られたか、代償措置が執られていないとしても、当該就業規則の作成又は変更に関連する賃金、退職金その他の労働条件の改善状況が存するかが、補完事由として考慮の対象となるものというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 一般に、このような競業避止義務を定める特約は、競業行為による使用者の損害の発生防止を目的とするものであるが、それが自由な意思に基づいてされた合意である限り、そのような目的のために競業避止義務を定める特約をすること自体を不合理であるということはできない。しかし、労働契約終了後は、職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であるところ、労働者は、使用者が定める契約内容に従って付従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、使用者の中にはそのような立場上の差を利用し専ら自己の利のみを図って競業避止義務を定める特約を約定させる者がないとはいえないから、労働契約終了後の競業避止義務を定める特約が公序良俗に反して無効となる可能性を否定することはできず、その判断に当たっては、競業避止義務を定める特約が、もともと当事者間の契約なくして実定法上労働契約終了後の競業避止義務を肯定し得る場合について、競業禁止期間、禁止される競業行為の範囲、場所につき約定し、競業避止義務の内容を具体化しつつ競業避止義務の存することを確認したものであるか、それとも、そのような場合ではなく競業避止義務を合意により創出するものであるかを区別する必要がある。前者の場合には、競業行為の禁止の内容が労働者であった者が退職後であっても負うべき秘密保持義務確保の目的のために必要かつ相当な限度を超えていないかどうかを判断し、右の限度を超えているものは公序良俗に反して無効となるものと考えられる。右の判断に当たっては、労働者が使用者の下でどのような地位にあり、どのような職務に従事していたか、当該特約において競業行為を禁止する期間、地域及び対象職種がどのように定められており、退職した役員又は労働者が職業に就くについて具体的にどのような制約を受けることになるか等の事情を勘案し、使用者の営業秘密防衛のためには退職した労働者に競業避止義務賦課による不利益を受忍させることが必要であるとともに、その不利益が必要な限度を超えるものではないといえるか否かを判断すべきであり、当該特約を有効と判断するためには使用者が競業避止義務賦課の代償措置を執ったことが必要不可欠であるとはいえないが、補完事由として考慮の対象となるものというべきである。これに対し、後者の場合には、労働者は、もともとそのような義務がないにもかかわらず、専ら使用者の利益確保のために特約により退職後の競業避止義務を負担するのであるから、使用者が確保しようとする利益に照らし、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、右競業行為禁止により労働者の受ける不利益に対する十分な代償措置を執っていることを要するものと考えられる。
 さらに、競業避止義務違反又はその違反の虞があるために競業行為の差止めを請求するには、当該競業行為により使用者が営業上の利益を現に侵害され、又は侵害される具体的なおそれがある場合であることを要するものと解するのが相当であることは既に述べたとおりであり、この実体的要件を許容しない内容の特約は、公序良俗に反して無効であるというべきである。