全 情 報

ID番号 06708
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 栗山クロム事件
争点
事案概要  産業用のクロム酸塩製造作業に従事してきた元従業員とその遺族が、クロム酸塩の製造、運搬の過程でクロム粉じんを吸入し、これによって鼻中隔穿孔、皮膚・胃腸・肝臓等の障害に罹患し、あるいは肺がん、喉頭がん等に罹患したとして会社に対し安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求するとともに、右損害は監督機関が適切な権限を行使しなかったことによるとして国に対して国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
民法709条
国家賠償法1条
労働基準法101条
労働基準法84条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 営業の廃止と賃金請求権
監督機関(民事) / 監督機関に対する申告と監督義務
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1986年3月19日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和52年 (ワ) 1117 
昭和53年 (ワ) 205 
昭和54年 (ワ) 1836 
昭和55年 (ワ) 254 
昭和56年 (ワ) 1421 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1197号1頁/訟務月報33巻1号1頁/労働判例475号43頁
審級関係
評釈論文 安枝英のぶ・社会保障判例百選<第2版>〔別冊ジュリスト113〕156~157頁1991年10月/秋山義昭・判例評論336〔判例時報1215〕6~11頁1987年2月
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-営業の廃止と賃金請求権〕
 生存原告らは、いずれも、栗山工場のクロム酸塩等製造工程における作業に従事した際、ばらつきはあるものの、かなりの期間又は極めて長期間にわたって六価クロムを含む大量のクロム粉じん、ミスト又は液滴に被暴し、これを吸入したものである。〔中略〕
 1被告会社の右三の結果回避義務違反と、前記第三章ないし第五章で認定したところの、被告会社の加害原因行為に起因して生存原告らの認定障害罹患、被害者たる死亡者らの肺がん罹患・死亡という被害が発生したという加害行為の成立(結果発生)との間には因果関係が存することは明らかである。
 2(一) ところで、被告会社は、右生存原告ら、被害者たる死亡者らが作業中マスクを着用していれば、右各被害の発生は回避でき、専らマスク不着用が右被害発生の原因であるかの如き主張をしている(本件では、この点は、過失相殺に係るものとしては主張されていない。)。
 しかし、そもそも、個々の被害者がマスク着用を怠っていたという事実が認められたとしても、それだけで右の因果関係が遮断されるわけではないと解されるし、加えて、本件全証拠によっても、右生存原告ら、右被害者たる死亡者が作業従事中にマスク着用を怠っていたという事実を明らかにするものはない。
 (二) また、被告会社は、前記二2(一)(1)、(2)のような根源的措置のみがクロム酸塩等製造作業におけるクロム被暴、吸入による身体障害発生の回避措置となり得、その余のものは、「仮に被告会社が実行したとしても被害発生防止に寄与しないもの」であるから、そのような措置等をとらなかったことは結果発生につながらない旨の主張をもする如くである。
 しかし、結果回避措置等の意義については前記二1で説示したとおりであり、更に、右説示したような意味で結果回避措置等になると考えられる、前記二2(一)ないし(六)の各措置等のうち、右三で被告会社が実行しなかったとされるものが、その実行があっても現実には結果回避にはつながらなかったことを、個別的、具体的に示す証拠もなく、この点からも前記因果関係は遮断されない。〔中略〕
〔監督機関-監督機関に対する申告と監督義務〕
 労働関係は労使の私法上の法律関係であり、労働者に対する関係で安全衛生基準の遵守、労働災害防止の義務を負うのは、本来一次的にも最終的にも使用者であることに鑑みれば、前記製造工程における労働災害発生につき、被告会社と並んで本件各公務員もまた法律上その防止・回避に関して作為義務を負い、ひいてはこの作為義務違反につき国が損害賠償義務を負うとするためには、被告会社における右製造工程の安全衛生管理遂行の意欲や能力の著しい欠如、本件各公務員の権限行使による右防止・回避の相当程度の確実性、本件各公務員による右製造工程の安全衛生管理への介入の容易性等が存する場合などに限られると解される。〔中略〕
 本件各公務員の命令権限等行使が生存原告らや被害者たる死亡者らに対する作為義務となる場面は、前記のとおり相当に限定されたものになり、本来個別労働者に対し、その行使の法的義務を負わず、また、直接個別労働者の私法上の利益保護を目的としない右権限等につき、その不行使が合理的な裁量の範囲を著しく超えていたと認められるほどの状況、被告会社の加害行為や前記製造工程の労働環境管理への強制的権限行使による行政介入が非常に強く求められ、かつ、現実に本件各公務員に対しこのような介入を強く期待できる客観的状況、行政監督方法として行政上の指導監督だけを行ったことが著しく不当であり、(他の副次的な影響などを無視しても)強制的権限の行使の選択が強く求められた客観的状況のいずれもが認められるような場合(以下、ここでは右のような状況を「限定的状況」ともいう。)に限って、右権限等行使が本件各公務員の右被害者らに対する法的作為義務になり得ると解されるのである。
 生存原告らの認定障害防止に関して、本件各公務員には前記命令権限等を行使すべき作為義務があったとは認めることができないことになるところ、本件全証拠によっても、ほかに、本件各公務員に右認定障害発生の危険状態の認識、認識可能性があったと認められる時期において、前記の各判断要素に照らして、右権限等行使の作為義務を認めるべき限定的状況が存したと認めるに足りるものはない。〔中略〕
 当時、労働大臣らが、我が国における各種有害物質による職業病の状況を積極的に調査研究するために、全国一せい総点検を実施し、更に、その結果を踏まえて、新規の規制立法(旧特化則)のためにも徹底的な職業病予防対策等の検討が行われることを期待して、多くの専門家等を委員として設置した基準委員会においても、クロムにつきがん原性物質としての規制を全く打ち出さなかったことに鑑みると、がん原性物質としてのクロム規制に関しては、労働大臣らの行政上の責任が問われる面があったことは認められるものの、なお、これをもって、被害者たる死亡者らに対する法的行為義務違反であったとまではいえないのである。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 労災法に基づく保険給付の実質は、使用者の労基法上の災害補償義務の履行を政府が保険給付の形式で行うものであって、受給権者に対する損害の填補の性質をも有するから、現実に政府が受給権者に対し労災法に基づく保険給付をしたときには、使用者を含め損害賠償義務者はその既給付分の金額の限度で責めを免れると解するのが相当である。
 (二) 控除の対象となる遺族原告〔中略〕
 死亡者に係る労災保険給付については、当該給付を受給した妻たる原告らについてのみ損害填補による控除を主張しているが、〔中略〕この点は正当であり、妻たる原告ら以外の関係遺族原告につき右控除を行うべきではない。
 (三) 労働福祉事業としての支給金の不控除〔中略〕
 いずれも労災法二三条一項に基づく労働福祉事業の一環として支給されるものであり、その支給額を損害額から控除すべきでないと解される。
 (四) 具体的控除項目〔中略〕
 (1) 別添三九記載の生存原告らに対する給付項目中障害補償一時金は、その法的性質に照らして控除すべきであるが、生存原告Xの前記慰謝料額の算定に当たっては、その休業損害をも実質的に賠償させるほどには、前記「最大限の考慮」をしていないので、同原告に対する休業補償給付は、これを控除すべきではない。
 (2) 別添四〇記載の妻たる原告らに対する給付項目中遺族補償年金、遺族補償年金前払一時金、葬祭料は、いずれも被害者たる死亡者らの死亡に起因する損害を填補するものであるからこれを控除すべきであるが、その生前に右死亡者らに給付された障害補償一時金、休業補償給付はこれを妻たる原告らの相続慰謝料額から控除すべきではない。