全 情 報

ID番号 06710
事件名 賃金債権請求事件
いわゆる事件名 第四銀行事件
争点
事案概要  銀行が就業規則を変更して五五歳から六〇歳への定年延長を行い、右変更により労働者が従前の五八歳までの定年後在職制度の下で期待することができた賃金を六〇歳近くまで勤務しなければ得られなくなる等、労働条件に実質的な不利益をこうむるに至った場合につき、右就業規則の不利益変更の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1988年6月6日
裁判所名 新潟地
裁判形式 判決
事件番号 昭和59年 (ワ) 598 
裁判結果 棄却,一部却下
出典 民集51巻2号898頁/時報1280号25頁/タイムズ668号80頁/労働判例519号41頁/労経速報1326号3頁
審級関係 上告審/06918/最高/平 9. 2.28/平成4年(オ)2122号
評釈論文 横井芳弘・ジュリスト916号64~71頁1988年9月1日/角田邦重・月刊法学教室98号82~83頁1988年11月/国武輝久・昭和63年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊935〕205~207頁1989年6月/山口浩一郎・ジュリスト961号230~233頁1990年8月1日/手塚和彰・判例評論372〔判例時報1330〕227~233頁1990年2月/新谷眞人・季刊労働法149号170~171頁1988年10月/新堀亮一・昭和63年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊706〕368~369頁1989年
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 中途退職の場合の退職金が増額され、福利厚生制度の適用年齢が五五歳から六〇歳に引き上げられた利益は、労働期間が二年間延長されながら受け取る賃金総額及び退職金の合計額が減少するという不利益を補って余りあるものとは到底いうことはできない。
 また被告銀行は本件定年制により無条件に誰でもが六〇歳までは勤務が認められることになったのは労働者にとって大きな利益であると主張するが、前記認定のとおり本件定年後在職制度は男子行員については勤務に耐え得る健康状態である限り満五八歳まで勤務することができるという制度であり、原告は健康状態について格別の問題を有していたわけではないから、被告銀行の主張するような点において本件定年制が原告にとって本件定年後在職制度よりも有利であるということはできない。
 従って、就業規則の変更による本件定年制の実施は、原告にとって不利益なものであると認めるのが相当である。
 2 次に就業規則の変更による本件定年制の実施が合理的なものであるか否かについて検討するに、就業規則の変更が合理的なものであるか否かを判断するに当っては、変更により従業員の被る不利益の程度、変更の内容自体の相当性、変更との関連の下に行われた代償措置の状況、変更の必要性の原因及び程度、労働組合との交渉の経過等の諸事情を総合考慮する必要があり、以下これらの点について順次検討する。
 (一) 従業員の被る不利益の程度
 原告については、本件定年制による昭和五九年一二月一〇日から昭和六四年一二月一〇日までの賃金総額及び退職金の合計額は、本件定年後在職制度のもとにおける昭和五九年一二月一〇日から昭和六二年一二月一〇日までの賃金総額及び退職金の合計額を一八万四二〇三円下回ることになることは前記認定のとおりであり、これにによれば受け取る賃金総額及び退職金の合計額は若干減少するにもかかわらず、二年間労働期間は延長されるという結果になり、就業規則の変更による本件定年制の実施が従業員である原告にもたらす不利益は大きいというべきである。〔中略〕
 (三) 変更との関連の下に行われた代償措置の状況
 就業規則の変更による本件定年制の実施にともない中途退職の場合の退職金が増額されたこと、福利厚生制度の適用年齢が五五歳から六〇歳に引き上げられたこと等は前記認定のとおりであるが、これらの代償措置によって原告が具体的な利益を得ることはほとんどなく、就業規則の変更との関連の下に行われた代償措置が原告の被る不利益の程度を緩和する度合は低いものと認められる。
 (四) 変更の必要性の原因と程度〔中略〕
 昭和五六年一〇月には新潟県知事から被告銀行に対し、定年延長及び高年齢者の雇用率六パーセントの実現について書面による要請があり、昭和五七年三月には労働大臣から被告銀行に対し、「六〇歳定年は今や社会的要請となっていることを十分御理解頂きまして、この早期実施に向けて、最大限の御努力を賜りますようお願い申し上げます。」との六〇歳定年制の早期実施要請がなされるとともに定年延長に関する取組み状況の報告が求められた。従業員組合は昭和五五年一二月に高齢化問題専門委員会を設置し、同委員会は、昭和五七年七月までの間に一四回の会合を開き、昭和五七年七月一七日には、「延長の形態は、定年年齢そのものを延長制度とする。定年年齢は、将来的には、六五歳までの雇用の場の確保を展望するも、現在の諸情勢などから当面は六〇歳定年制を実現する。労働条件としては、入行から定年退職まで一貫した処遇、体系のなかで考えていくことを前提とし、職務、処遇については、現行の体系を継続して考え、高齢者としての特別な対応でなく、全員が生きがいをもって働きまた活力ある職場としていくことが必要であり、賃金及び退職金については現行諸制度及び体系を基本とする。その他福利厚生、出向、住宅融資など現行の諸制度、諸規定を引き続き適用するとともに、高齢化社会への対応に向け一層の拡充をはかる。以上のとおり定年延長実現にあたっては、まず誰でもが引き続き安心して働くことが出来る制度を築きあげることが基本であり、より安定した生涯生活を確保する観点から定年延長の実現を提言します。」との内容の答申を従業員組合に対し行った。この答申を受けて従業員組合は、同年一〇月二八日、被告銀行に対し、「だれでもが引き続き勤務することができる定年延長とする。定年年齢を満六〇歳とする。職務処遇については、現行の体系を継続して考え、生きがい、働きがいのもてるものとする。賃金及び退職金については、現行諸制度及び体系を基本とする。福利厚生その他の労働条件については、現行の諸制度、諸規定を継続適用する。実施日は昭和五八年四月一日とする。」との内容の定年延長要求を行った。
 以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
 以上によれば、本件定年制の実施によって定年年齢を満六〇歳まで延長したのは、被告銀行の経営上の都合や必要に基づくものではなく、むしろ、社会的要請と従業員組合の要求に応えるためであったことが認められる。〔中略〕 被告銀行と従業員組合とは十分な労使交渉を重ねたうえで本件定年制の実施に合意したものであること、従業員組合は被告銀行との合意にあたり十分な内部討議を行ったことが認められる。
 なお、被告銀行は就業規則の変更について、従業員の過半数を組織する労働組合が団体交渉を行った結果使用者と労働組合との間で合意が成立した場合には、就業規則の変更について裁判所の事後的審査が及びうるのは、その内容が強行法規違反または公序良俗違反の場合に限られると解すべきであると主張するが、そのように解するのは相当ではなく、就業規則変更についての労働組合との交渉の経過及び労働組合との合意の有無は、あくまで就業規則の変更が合理的なものであるか否かの判断基準のひとつであると解するのが相当である。
 3 以上(一)ないし(五)に認定した諸事情を総合して、検討すると原告に対する就業規則の変更については、それによる本件定年制の実施により原告が被る不利益の程度は少なくなく、その他の(二)ないし(五)に認定した諸事情を考慮しても、就業規則の変更による本件定年制の実施は、それの適用を受ける従業員にとって不利益なものであるにもかかわらず、これを使用者が一方的に実施適用することを正当化するに足りるだけの合理性を備えていると認めることはできない。