全 情 報

ID番号 06713
事件名 賃金債権請求控訴事件
いわゆる事件名 第四銀行事件
争点
事案概要  銀行が就業規則を変更して五五歳から六〇歳への定年延長を行い、右変更により労働者が従前の五八歳までの定年後在職制度の下で期待することができた賃金を六〇歳近くまで勤務しなければ得られなくなる等、労働条件に実質的な不利益をこうむるに至った場合につき、右就業規則の不利益変更の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1992年8月28日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (ネ) 2093 
裁判結果 棄却
出典 民集51巻2号1023頁/時報1437号60頁/タイムズ812号152頁/労働判例615号18頁/労経速報1471号13頁
審級関係 上告審/06918/最高/平 9. 2.28/平成4年(オ)2122号
評釈論文 ・労働法律旬報1305号53~64頁1993年2月10日/山田徹・平成4年度主要民事判例解説〔判例タイムズ821〕320~322頁1993年9月/小宮文人・法学セミナー38巻7号71頁1993年7月/小俣勝治・季刊労働法166号205~209頁1993年3月/毛塚勝利・月刊法学教室151号124~125頁1993年4月/柳屋孝安・ジュリスト1017号91~94頁1993年2月15日
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 3 本件定年制により六〇歳定年まで勤務して得られる年間賃金総額が、従前の定年後在職制度により五八歳まで勤務した場合の年間賃金総額とあまり変わりがないことは、前記のとおりである。
 しかし、本件定年制による賃金水準を五五歳定年を延長した他銀行の例と比較してみると、従前賃金の六十数パーセントに減額することが特に異例とは認められないし、減額後の賃金額は地方銀行の中では最上位の部類に属するものである。統計に現れた五五歳以降の年代の全国平均消費支出や新潟県下の平均賃金からみても、本件定年制による減額後の賃金が一般的な生活水準以下のものであったとは認められない。
 控訴人は、従前と同一労働に従事し同一責任を負担しながら、五五歳達齢により従前の賃金を大幅に減額され、若年の非役席者と同程度になるのは、年齢による不当な差別である旨主張するけれども、従前の賃金が職能給のみから成っていたとは認められないから、右主張は立論の前提を欠くものであり、採用の限りでない。
 これらによると、年間賃金が減額されることになったとはいえ、その賃金が一般水準からみて低きに失し、社会的相当性を欠くものであったとはいえない。
 4 次に、本件定年制採用後の福利厚生制度を従前の定年後在職制度当時と比較すると、前記第一の七のとおり、(一)定年前に勧奨又は自己都合で退職した場合の退職金が増額され、(二) 災害補償の補償期間が延長され、(三) 家族年金の受給期間が延長され受給額も増額され、(四) 一年定期団体保険による弔慰金、傷病見舞金の適用年齢が延長され支給額も増額され、(五) 五五歳以上の行員につき特別融資制度が新設され、住宅貸付について返済負担の軽減が図られる、といった各種の改善策がとられている。これらは、直接には年間賃金の減額に対する代償措置とはいえないにしても、本件定年延長の一環をなすものであるから、合理性判断の一要素として評価すべきものである。
 5 本件定年制の実施について、行員の約九〇パーセントで組織されている従業員組合は被控訴人銀行と交渉し、これに同意している。行員の中に本件定年制に強く反対し組合執行部の姿勢を批判する者がいたことは事実であるが、組合執行部が内部の検討や討議を尽くさず大多数の組合員の意思に反して受諾に走ったものであるとの控訴人の主張は、これを認めることができない。年功序列型賃金制度等の修正を伴う定年延長は、事柄の性質上、年齢層間の利害の対立や意見の不一致をきたしがちな問題であることを考えると、労働条件について行員の意見を集約し、行員の利益を代表する立場にある組合との協議及び合意に基づいて定年制の内容を決定したことは尊重されてしかるべきである。
 四 総合判断
 高齢化社会における雇用のあり方として、高年齢労働者の雇用の確保と、その労働条件の充実を図ることが必要とされている。右の雇用の確保のために、多くの企業において定年延長が行われたが、それに伴う労働条件に関しては、不十分であるとする批判が少なくないことは公知である。右二つの要請を併行的に実現することがもとより望ましいけれども、様々な事情が絡み合うことの多い制度改革期の対応として考えれば、まず六〇歳定年制の早期実施を優先させ、その労働条件の十分でない点は今後の労使交渉等により改善、向上を期するという選択をすることも、やむを得ない場合がありうる。
 また、一般的にいうと、定年延長に伴い旧定年時より前の時期にまで遡って労働条件を不利益に変更することは、定年延長と労働条件の低下との引き換えにほかならず、定年延長の趣旨に照らし、原則としてたやすくその合理性を肯定することができないと考えられる。しかし、被控訴人銀行において行われていた定年後在職制度は、前判示のとおり実質五八歳定年制を採用したものとは認められないものであるから、右定年後在職制度の運用慣行が本件定年制により改変されるからといって、直ちに旧定年時より前の時期の労働条件を不利益に変更する場合と同列において論じることはできない。
 以上のような観点から、前記二及び三で検討したところに基づいて、本件定年制の採用により行員が受けることとなる不利益の性質、内容及び程度と、本件定年制を採用するに至った被控訴人銀行の諸事情、本件定年制の内容ないしその賃金水準とを比較考量し、同時に行われたその他の労働条件の改善状況、組合との合意の存在等の諸事情をも総合的に勘案すると、本件定年制を定めた就業規則の変更は、それによって控訴人が被った賃金面の不利益を斟酌しても、なお、定年制度改革期における労働条件の定めとして合理性を失うものではないと認めるのが相当である。
 本件定年制の導入によって、控訴人のような五五歳直前の高年齢層行員の受ける影響が実際上最も深刻であったことは明らかであり、これを緩和するためには、控訴人の主張するように、本件定年制を実施する一方で、経過措置として、従前の定年後在職制度をも残し、該当層行員にそのいずれかを選択させることも考えられる。しかし、このような経過措置をとることは、該当層行員を異なる労働条件のグループに分けることになり、その処遇や人事管理、さらには行員間の感情面等で好ましくない結果をきたすおそれもないではない。したがって、右経過措置をとるかどうかは当該企業の経営判断に委ねるほかないことであり、被控訴人銀行がこれをとらなかったことをもって、本件就業規則の変更が合理性を欠くとすることはできない。
 本件就業規則の変更は有効と認めるべきである。