全 情 報

ID番号 06793
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 電通事件
争点
事案概要  A会社の社員の遺族が、うつ病になった右社員の自殺は異常な長時間労働による過労が原因であり、この点につき会社に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
民法709条
民法715条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1996年3月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 1420 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1561号4頁
審級関係
評釈論文 永野秀雄・法律時報69巻4号96~99頁1997年4月/宮島尚史・判例評論452〔判例時報1573〕193~197頁1996年10月1日/小西康之・ジュリスト1122号106~109頁1997年11月1日/松尾政太・企業法学6号259~264頁1997年10月/唐津博・ジュリスト1098号114~117頁1996年10月1日/藤本正・労働法律旬報1386号6~10頁1996年6月25日/柏崎洋美・立教大学大学院法学研究18号91~100頁1997年6月/保原喜志夫・平成8年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 2 Bの業務と自殺との因果関係について
 (一) 前記認定の事実によれば、Bは恵まれた環境に育ち、心身とも健康で、希望と熱意に燃えて被告に入社し、ラジオ局ラジオ推進部に配属後の慢性的な深夜に至る残業にもかかわらず、総じて平成二年度中は、自らの業務に面白さを感じ、明るく元気に仕事に取り組んでいたものということができる。しかしながら、平成三年になると、休日、平日を問わない、深夜に至るまでの長時間残業の状態がさらに悪化し、同年七月には、四日に一度は午前六時三〇分まで残業するという状況にまで至り、Bは、顔色が悪くなり、元気がなく、うつうつとした暗い感じになり、仕事に対して自信を喪失し、精神的に落ち込み、二時間程度しか眠れなくなったというのである。そして、右のような事実経過によると、Bには前記のうつ状態に符合する諸症状が窺われるほか、Bには精神疾患の既往はなく、家族歴にも精神疾患はないことをも考慮すれば、Bは、常軌を逸した長時間労働とそれによる睡眠不足の結果、同年七月ころには心身共に疲労困憊し、それが誘因となって、うつ病に罹患したものと認めるのが相当である。にもかかわらず、同年八月には、労働時間はさらに増加し、原村へ出張するまでの二二日間は、三日に一度は午前六時三〇分まで残業し、ほとんど自宅にも帰宅しない日々となり、傍目にも明らかに元気がなくなり、自分は役に立たないといった自信を喪失した言動や、人間としてもう駄目かもしれないといった自殺の予兆であるかのような言動や、無意識のうちに蛇行運転やパッシングをしたり、霊が乗り移ったみたいだと述べるといった異常な言動等をするようになり、また、肉体的には、顔色不良、睡眠障害、痩せ、顔面上の赤い斑点、コンタクトレンズや喉の不調といった症状が現れ、疲労によるうつ病が進むなかで、同月二三日から二六日にまでの原村でのイベントが終了して仕事上の目標が達成され、肩の荷が下りてほっとするとともに、翌日から再び同様な長時間労働の日々が続くことに虚しい気持ちに陥り、そのうち状態がさらに深まったために、その結果として自殺したものと認めるのが相当である。〔中略〕
 (一) 被告は、雇用主として、その社員であるBに対し、同人の労働時間及び労働状況を把握し、同人が過剰な長時間労働によりその健康を侵害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたものというべきところ、Bは、前記のとおり、社会通念上許容される範囲をはるかに逸脱した長時間労働をしていたものである。そして、Bが、しばしば翌朝まで会社で徹夜して残業をすることは、その直属の部長である訴外Cが、すでに平成三年三月ころには知っており、Bの直属の班長である訴外Dにこれを告知したが、訴外C自らBの長時間労働を軽減させるための措置は何ら取らなかったこと、これを聞いた訴外Dは、Bに対し、なるべく早く仕事を切り上げるようにとは注意したものの、単なる指導に止まり、Bの長時間労働を減少させるための具体的な方策は何ら行わなかったこと、訴外Dは、同年七月には、Bの顔色が悪く、その健康状態が悪いことに気づいていながらも、何らの具体的な措置を取らないまま、同人が従前どおりの業務を続けるままにさせたこと、同年八月に至っては、Bは、訴外Dに対し、自分は役に立たないといった自信を喪失した言動や、人間としてもう駄目かもしれないといった自殺の予兆であるかのような言動や、無意識のうちに蛇行運転やパッシングをしたり、霊が乗り移ったみたいだと述べるといった異常な言動等をするようになり、また肉体的には、顔色が悪い、明らかに元気がない等の症状が現れ、訴外DもBの様子がよりおかしくなっていることに気づきながら、Bの健康を配慮しての具体的な措置は、なお何ら取らなかったこと等の事情に鑑みれば、被告の履行補助者である訴外C及び訴外Dには、Bの常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態の悪化を知りながら、その労働時間を軽減させるための具体的な措置を取らなかった過失があるといわざるを得ない。したがって、被告は、その履行補助者である訴外C及び訴外Dの安全配慮義務の不履行に起因して、Bが被った損害を賠償する義務があるというべきである。
 (二) これに対し、被告は、健康管理センターの設置、深夜宿泊施設の確保、出勤猶予制度の設置、タクシー乗車券の無制限の配付、特に時間外労働の多い社員に対するミニドックでの受診の義務づけ、勤務状況報告表による社員の労働時間の把握、社員の労働時間の改善について労働組合と協議していること等から、安全配慮義務を尽くしていると主張する。
 しかしながら、社員の労働時間を把握するための資料として被告が用いている勤務状況報告表が真実を反映するものでなかったことは前記認定判断のとおりであり、平成三年一月から一二月までの期間を対象とした、被告の労働組合の調査によれば、午後一〇時以降の勤務状況報告表への記載について、真実と異なる申告をした者の割合が、男子につき四二・九パーセント、女子につき五八・七パーセントに及んでいること、三六協議会においては、従前から恒常的長時間労働が問題とされ、三六協定に違反する社員の長時間労働が従前からの懸案事項であったこと、訴外Eも、その真実の残業時間をそのまま勤務状況報告表に記載していたわけではなかったこと等の事情を総合して判断からすれば、社員がその残業労働を勤務状況報告表に過少申告していたことは、被告においては、いわば常態化していたことであり、被告もこのことを認識していたと認めるのが相当である。しかるに、被告は、例えばミニドックの受診の要否を勤務状況報告表に記載された労働時間に基づいて判断していたのであって(《証拠略》により認める。)、被告が準備した健康管理の措置は実質的に機能していないものであることは明らかであり、そのような状況下では、健康管理センターの設置やタクシー乗車券の無制限の配付等、被告の主張する安全配慮義務を具体化する措置のみでは、社員の労働時間を把握し、過剰な長時間労働によって社員の健康が侵害されないように配慮するという義務の履行を尽くしていたということができず、被告の右主張は理由がない。