全 情 報

ID番号 06800
事件名 懲戒休職処分無効確認等請求
いわゆる事件名 岩手県交通事件
争点
事案概要  あらかじめに定められた代休日を、使用者が一方的に変更することは許されないとした事例。
 バスガイドによる年休指定に対し、バス運行に支障が生じるとしてなされた時季変更権を適法とした事例。
 生理日の休暇中に、深夜遠隔地へ長時間かけて旅行し、翌日の民謡大会に出席しており、生理休暇の不正取得とされた事例。
 生理休暇の不正取得等を理由とする休職処分六か月は重すぎるが、三か月の限度においては懲戒権の濫用とはいえないとした事例。
参照法条 労働基準法35条
労働基準法39条4項(旧3項)
労働基準法68条
労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 休日(民事) / 代休
年休(民事) / 時季変更権
女性労働者(民事) / 生理日の休暇(生理休暇)
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
裁判年月日 1996年4月17日
裁判所名 盛岡地一関支
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ワ) 53 
裁判結果 認容,一部棄却
出典 労働判例703号71頁/労経速報1626号3頁
審級関係
評釈論文 石井保雄・労働法律旬報1416号16~22頁1997年9月25日
判決理由 〔休日-代休〕
 代休とは休日出勤の代償として認められた労働義務の免除であるから、これはあらかじめ定められた休日同様に尊重すべきものであり、一旦合意により定めた代休日を、いかに業務上の必要があるとはいえ使用者側の都合により一方的に変更することは原則として許されないと解される。そして、前示のとおり、原告が右代休の変更に同意しなかったのは明らかであるから、その余の主張について判断するまでもなく、原告が右代休日に出勤しなかったことをもって懲戒処分の根拠とすることはできないと解される。
〔年休-時季変更権〕
 年休の時季変更権の行使の有無及びその正当性につき検討するに、〔中略〕被告千厩営業所長の就労要請により時季変更権の行使がなされたとみるべきであり、そして、前示のとおり一〇月は被告の貸切バス運行業務の最も繁忙な時季であって、閑暇期には乗務が少ない社員ガイドの労務が最も期待されていること、千厩営業所所属の社員ガイドは二名であったところ同日は他のガイドも貸切バスに乗務しており、一関営業所の社員ガイドも一名が年休を取得していたのを除いて業務に従事していたこと(証拠略)、貸切バス運行業務は繁閑の差が著しいためか被告一関営業所及び千厩営業所を合わせると社員ガイドとフリーガイドを半々の割合で雇用しているが、通常まず社員ガイドを配備するのが本則であるうえ、本件の場合原告が乗務しなければ両日がいわゆる分断運行となる見込みがあり、現にそうした結果となって不便と不経済をもたらしたことなどに鑑みると、右時季変更権の行使は正当であったというべきである。
 原告の主張するとおり、何人といえども趣味を持ち、人間らしく生きる権利を有することは近代ないし現代社会においては当然のこととして承認されているが、他方において、人は労働すべき契約上、社会生活上の義務も負っており、これとの調和も計られなければならないことも当然であって、年休請求者の担当する業務の性質、その繁閑及び人員配備の難易等を考慮して時季変更権の行使を認めることは右幸福追求権に対する不当な制限とはいえない。
〔女性労働者-生理日の休暇(生理休暇)〕
 2 被告の就業規則によれば、生理日で就業が著しく困難であったときは、本人の請求により、毎潮二日間の生理休暇を取得することが認められ、右休暇は有給とされ、また、処遇上出勤扱いをされている(証拠略)。ところで、生理休暇に関する労働基準法の旧規定六七条は「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に従事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならない。」と定めたうえ、女子年少者労働基準規則において生理に有害な業種を定めていたが、右規定は、生理日の就業が著しく困難な女子がいることは医学的事実であるが、医学的一般的に生理時のみに有害な業務というものはなく、生理休暇は母性保護措置とは関連性がないこと及び欧米には生理休暇の制度がないことなどの見地から批判され、昭和六〇年に、生理に有害な業務規定は廃止されて、使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならないとの規定に改正された〔中略〕。被告の就業規則の趣旨も、その文言及び右法改正の経緯に鑑みると、生理日であれば当然に休暇を取得する権利を認めるものではなく、生理日の就業が著しく困難な場合にのみ休暇を与える趣旨であるが、ただバスガイドなど乗車時間が長く、立ち仕事が多い職種の女子従業員もいることに鑑み、二日間は有給とし、処遇上出勤扱いをしているものと解される。
 3 もっとも、生理日の就業が著しく困難であるか否かは業務によって差異があり、バスガイドの業務は生理日の女子にとっては比較的心身の負担を伴うものであると考えられ、また、その困難性につきその都度厳格に証明することを要するとすれば正当に休暇を取得する権利が抑制されかねない反面、請求すれば必ず取得を認め、取得した以上は何の目的にこれを使用しようと干渉し得ないものとすれば、事実上休暇の不正取得に対する抑制が困難となり、これが横行すれば、使用者に対する労働義務の不履行あるいはこれを取得しない従業員との関係において不公平を生ずることとなり(本件のように二日間は有給休暇とされ、処遇上出勤扱いされている場合は特にそのことが顕著となる。)、ひいては女子労働に対する社会の信頼ないし評価が損なわれるおそれがあるので、生理休暇制度の運用は難しい面が存する。しかしながら、少なくとも、取得者が月経困難症であるとの証拠もなく、生理休暇を取得した経緯、右休暇中の取得者の行動及び休暇を取得しなければ就業したであろう業務の苦痛の程度等から、就業が著しく困難でないと明らかに認められる場合などは、当該生理休暇の取得は不正取得として許されないというべきである。
 原告は、被告労働組合においては生理休暇は必ず取得するよう指導しており、実際そのように運用されていた旨主張するけれども、バスガイド従業員の中で原告ほか二名は毎月取得しているが、他の者は必ずしもそうではなく、概ね取得するがそうでない場合もあるという程度の者から、ほとんど取得しない者まで様々な者が存在し、乗務日数が多い場合ほど取得しない傾向が認められる〔中略〕うえ、仮に生理日の就業が著しく困難でないのに生理休暇が取得されている実態が存するとすれば法改正及び就業規則の趣旨に反し、前示弊害をもたらすおそれがある。
 4 そこで、本件について検討すると、原告は、前示のとおり、民謡大会に出場する目的で年休取得を請求していたが、貸切バス運行業務が数口入っていたため同日は就労要請を受けていたところ、たまたま生理となったので自己の判断で生理休暇を取得する旨連絡をし、そして、夫の運転する自動車に乗車しながらとはいえ、深夜遠隔地へ長時間をかけて旅行し、翌日の民謡大会に出場したというものである一方、原告が月経困難症であったとの証拠もないうえ、同日入っていた業務にはそれほど苦痛でないものも含まれていたのであるから、生理日のため就業が著しく困難であったといえないことは明らかである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 2 本件懲戒処分の程度について
 本件懲戒処分一の六か月間の休職は懲戒休職では最高限度であり、長期の給与の不支給を伴う重いものである一方、本件休暇等のうち一〇・一八休暇及び一二・六休暇は処分の根拠とすることができないものであること、一〇・二五休暇及び一一・一五休暇については、原告の不就業により不便、不経済を生じ、関係者に迷惑をかけるなど事業の正常な運営は妨げられたが、それ以上の実害は生じなかったこと、原告に対し注意はなされたものの、原告においてはこのような重い処分が課されることは予想外であった(原告本人)ことなどに鑑みると、本件懲戒処分は、その理由に比し、程度において重すぎるといわざるを得ず、右根拠事実及び前示一切の事情によれば、休職三か月間の限度で有効であり、これをこえる部分は懲戒権の濫用であって効力がないと認めるのが相当である。