全 情 報

ID番号 06831
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 栗本鐡工所・末広工業所事件
争点
事案概要  鉄工所の工場でその協力業者の従業員が昇降に使うことを予定していない梯子に昇り、梯子もろともに投げ出された事故につき、右事故の被災者が、鉄工所と使用者を相手として、安全配慮義務違反等を理由に損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
労働基準法89条1項3号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
解雇(民事) / 解雇事由 / 不正行為
裁判年月日 1996年7月29日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 11530 
裁判結果 認容,一部棄却
出典 労働判例700号12頁/労経速報1610号21頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 右事実によれば、被告会社は、十分な昇降設備を設置していたこと(本件事故現場には十分な採光があり、したがって、被告会社が設置していた右通路は、本件事故現場下の工場床から肉眼で観察しても一見して昇降設備と確認できたことが明らかである。)、また、被告会社及び被告Yは右Aを通じて、原告に対し右通路の存在等を示しながら本件作業の手順・安全管理等に関する説明を一応していたものであることが認められるから、これらの点の義務違反をいう原告の主張には理由がない。〔中略〕
 前記のとおり、本件梯子は、工場床から一メートル以上上方に宙吊りの状態であり、転落防止用の柵の手すり部分に架けられていたこと、本件事故現場付近には、被告会社設置に係る安全な昇降用通路が存在していたこと、本件事故現場の照度は、平均三〇〇ルクス以上あって、採光状態は悪くなく、原告は右Aから作業手順等についての一応説明も受けていたこと、右梯子が掛かっている手すり部分より上に昇れば、当然重心が炉前床側へ移動し右手すりを軸にして梯子が回転し転落することになることは原告自身においても容易に予想できたことが認められる。
 しかしながら、原告は、危険を顧みず、前記のとおり、排水ポンプを踏み台にして、敢えて右梯子を昇り、右梯子が架かっている転落防止用の柵の手すり部分を乗り越えようとしたのである。すなわち、本件事故当時右梯子が昇降用のものでないことは何人にとっても一見して明らかであったにもかかわらず、原告は、敢えて右梯子に昇り、前記手すり部分を乗り越えようとしたため、本件事故に遭遇したといえるのである。
 (2) ところで、およそ使用者(事実上の使用従属関係に基づき従業員等に対し信義則上その安全につき配慮すべき立場にある者を含む。以下「使用者等」という。)は、自己の指揮・監督の及ぶ範囲内において職務に従事する者に対しては、右範囲内に存する危険等に対し人的・物的に安全対策面で十分な措置を講ずる義務があるものというべきであり、使用方法や使用態様如何によっては危険を生ずるおそれのある物については危険発生防止のため、正しい使用方法について指示説明し、誤った使用をしないように注意し、場合によっては右危険物を除去すべき義務があるものと解される。しかしながら、右使用者等に要求される指示説明ないし除去義務といっても、もとより、あらゆる場合に要求されるものではなく、公平の見地から合理的な範囲内に限定されるものというべきであって、使用者等において、従業員等が通常予測しえない使用方法・態様に出ることまでを想定して、右指示説明等の、安全のための措置を講ずるべき義務はないというべきである。
 これを本件についてみるに、前記のとおり本件梯子が昇降用のものでないことは一見して明らかであり、他に安全な通路が存在していたのにもかかわらず、原告は、右梯子に昇って、梯子が掛かっている手すり部分を乗り越えようとしたものであるから、原告の右使用方法・態様は使用者等の通常予測しえない、無謀にして、異常なものということができる。したがって、原告のかかる行為により、原告に損害が生じたとしても、それは、専ら原告が招来したというべきであるから、これによって生じた損害につき、被告らが安全配慮義務ないし注意義務違反に基づく責任を問われるべき理由はないということができる。
 (3) よって、前記Aが作業の開始に際し、原告に対し梯子に昇らないよう注意せず、あるいは、右梯子を撤去していなかった点を捉えて義務違反があるということはできない。
〔解雇-解雇事由-不正行為〕
 原告は、平成四年一月末ころから同年二月下旬までの間に執拗に被告Yを脅迫して、金員の支払等を内容とする前記念書及び公正証書を作成させるなどしたこと、また、平成六年五月二八日には再び右公正証書等を持ち出して被告Yを脅迫するなどしたことが認められる。これによれば、原告は、被告Yの不正経理の事実を知るや、その弱みにつけ込んで、執拗に金員の支払を強要するなどしたものであって、被告Yにも非があるとはいえ、悪質であって、これは刑事法にも触れる違法行為であり、雇用契約上も、使用者との信頼関係を根底から動揺させるものである。それゆえ、ここに至って、被告Yが原告との労働契約関係を継続することができないとして、本件解雇をしたのは相当であるというべきである。したがって、本件解雇は、適法・有効になされたものということができる。
 よって、本件解雇の違法・無効を前提とする原告の請求は理由がない。(なお、前記のとおり、原告は、本件解雇の際、被告Yから解雇予告手当を受領していないことが認められるところ、予告手当の支払なくしてなされた解雇は即時解雇としての効力を生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でないときは、右解雇の意思表示から三〇日が経過した時点で効力を生ずるものと解すべきであり、本件において、被告Yは即時解雇に固執しない趣旨であると認められるから、本件解雇は、即時解雇としての効力はないが、右解雇の意思表示から三〇日の経過により解雇としての効力を生ずるに至ったものということができる。)