全 情 報

ID番号 06879
事件名 差額賃金等請求事件
いわゆる事件名 芝信用金庫事件
争点
事案概要  同期同給与年齢の男女の職員間において昇格についての性差別があるとし、課長職の地位にあることを確認し、差額賃金分の支払を命じた事例。
 同期同給与年齢の男女の職員間における昇進(課長の職位にあること)について、使用者の専決に属する人事政策の問題であり、一定の勤務により昇進するという労使慣行も存在しないとして、これを棄却した事例。
参照法条 労働基準法3条
労働基準法4条
男女雇用機会均等法8条
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 人事権 / 昇給・昇格
裁判年月日 1996年11月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (ワ) 8285 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1588号3頁/労働判例704号21頁/労経速報1616号3頁
審級関係
評釈論文 黒川道代・平成8年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1113〕200~202頁1997年6月/今野久子・賃金と社会保障1196号15~22頁1997年2月25日/坂本福子・労働法律旬報1398号4~8頁1996年12月25日/寺尾絵里・立教大学大学院法学研究20号51~59頁1998年6月/深谷信夫・法律時報70巻1号109~112頁1998年1月/深谷信夫・労働法律旬報1500号27~45頁2001年3月25日/西村健一郎・私法判例リマークス〔16〕<1998〔上〕>〔法律時報別冊〕6~9頁1998年2
判決理由 〔労働契約-人事権-昇給・昇格〕
 職員の昇格・昇進は、被告が当該職員を特定の資格に昇格させ、あるいは特定の職位に就任させることの決定がなされ、これが当該職員に昇格・昇進辞令の交付という手続過程を経ることによってなされるのであるから、このような被告の決定権限を離れての職員の昇格・昇進は、特段の事情の認められない限り、そもそもあり得ない。もっとも、職員の昇格・昇進は被告の専決事項に属し、被告の決定権限事項であるとはいっても、昇格・昇進にその都度個別的・明示的な決定を要するかは別個に検討されるべき問題であって、例えば、給与年齢三三歳主事自動昇格制度のように昇格を職員に対し制度的に保障しているような場合にあっては、この制度で定められた要件に該当することとなった当該職員はその該当当時に当該資格に当然に昇格したこととなるということができ、昇格辞令の交付は形式的意義を有するに過ぎないと解すべきであり、このようなことは、労働協約ないし労働契約で定められている場合は勿論のこと、就業規則によって定められている場合も同様と解すべきであり、さらには、確立した労使慣行となっているような場合にも同様に解することができる。
 もっとも、ここにいう確立した労使慣行となるためには、被告の昇格・昇進に関する個別的・具体的な人事政策事項がある一定期間継続反復されることによって一般化し、共通性を有するようになり、このような取扱いが労使間の共通認識事項とまでになっていることが必要であると解すべきである。
 (一) 昇格について
 昇格について検討されなければならないことは就業規則三条と労使慣行の存否についてである。
 就業規則三条は、「職員は、人種、思想、宗教、政治的信条、門地、性別または社会的身分等を理由として、労働条件について差別的取扱を受けることはない。」と定めており、同条は、被告の職員に対する労働条件についての均等待遇を保障した就業規則上の制度的保障規程と解することができる。〔中略〕
 もっとも、〔中略〕例えば、給与年齢三三歳主事自動昇格制度のように具体的・個別的な要件を定めてはいないから、一般的・抽象的な権利・義務に止まり、個別的・具体的な権利を保障し、義務を負担させた規程とまで解することはできない。
 したがって、就業規則三条の定めが存することをもって、同条を具体化した制度等が存するとか新設されたならば格別、そうでない限り、同条自体から直ちに本件昇格請求権が発生すると解することはできないから、これと異なる原告等の主張は採用できない。
 そこで、さらに検討するに、被告の人事制度自体は前述したとおり大きな変遷を経ているところ、これらの制度及び人事政策を通しての職員の処遇面をみると、男性職員については、入職当初から将来の幹部職員として養成し幹部職員としての職責と権限とを与えてきたということが〔中略〕できる。
 以上のことを本件で争点となっている副参事又は課長職に限定してみても、前述したとおり、男性職員と女性職員との間には明らかな格差となって現われている。
 男性職員優位の昇格状況は昇格試験の結果によるものであるということもでき、同旨の被告の主張もこの限りでは合理性が存するかのようであるが、昇格試験制度下にあっても、被告は男性職員に対しては昇格試験制度とは相容れることのできない特別措置ないし政治的配慮といった副参事昇格をなしており、副参事以上の資格者を対象としているとはいうものの、抜擢人事をなしているのであって、これらの措置は、その理由はどうであれ、男性職員に対しては格別の救済措置によって労働条件を向上させた面、すなわち、年功的要素を加味した副参事昇格を実施したことは否定できない。
 このようなことから、原告X1の関係を除き、その余の原告等の関係では、同期同給与年齢の男性職員の副参事への昇格については、昇格試験制度の下にありながら男性職員ついては年功的要素を加味した人事政策によってほぼ全員が副参事に昇格したものであって、原告X2・X3の関係での男性職員二名はあくまで例外的措置と理解することができ、このような人事政策は、長期間継続してなされたことによって一般化し、共通性を有するようになっており、労使間の共通認識事項となっていたということができるから、前述した労使慣行として確立していたものということができる。
 ところが、被告は、右のような男性職員に対する労使慣行の適用を女性職員に対しては適用せず、この埒外に置くという人事政策をなしてきたのであるから、このような措置は就業規則三条に違反することは勿論のこと、現行法秩序のうえからも到底許されることではないといえる。
 そうすると、被告の原告X1を除いた原告等に対する右のような人事政策上の措置は、原告等の勤怠状況には格別問題とすべき点はなく、原告等の能力及び勤務実績等の面においても一部指摘できる原告もいないではないが、これとても格別昇格障害事由となるとは考えられず、その外に格別問題とすべきところのないことは前述したとおりであるから、相当性を欠いた措置であるとの評価は免れないが、この是正措置として、原告X1を除いた原告等は被告に対し、右のような男性職員に関する労使慣行を就業規則三条を根拠に援用することができるものと解すべきである。
 (二) 昇進について
 職位は、被告の経営目的を最も効率的に運営するにはいかなる職員をいかなる職位に就任させるか、すなわち、職員の適材適所の配置という組織運営上の事柄であるから、職員の処遇とは直接的な関連性がある事柄ではなく、また、職位就任には当該職位に対応した一定の資格を要することとはなっているものの、職位には組織上その数に限度があるから、一定の資格を取得したことによって当然に職位が保証されることとはなっていないことも前述したとおりである。〔中略〕
 このようにみてくると、就業規則三条は職員の労働条件面の保障規程であるから、同条と職位付与とは直接的な関係はないということができる。〔中略〕
 職員に対する職位の付与についての労使慣行の成立は、右に述べた人事政策上の理由から、特段の事情の認められる場合は格別、そうでない限りその余地はないと考えられ、本件にあっての男性職員に対する右のような処遇の在り様を特段の事情ということはできないし、外に右特段の事情の存することを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、職位付与については制度的保障は存しないし、労使慣行として確立もしていない。