全 情 報

ID番号 06882
事件名 割増賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 大星ビル管理事件
争点
事案概要  本件仮眠時間は使用者の指揮命令下にあり、労働基準法上の労働時間に当たるから、法定の労働時間を超える分及び深夜業に当たる分について割増賃金の支払を要するとした事例。
 本件仮眠時間は使用者の指揮命令下にあるが、就業規則及び労働協約上の時間外労働(法内残業)の対象とはならないとした事例。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法37条
体系項目 賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 仮眠時間
労働時間(民事) / 法内残業 / 割増手当
裁判年月日 1996年12月5日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (ネ) 2484 
裁判結果 原判決(一部)変更(上告)
出典 労働民例集47巻5-6号654頁/労働判例706号26頁/労経速報1618号3頁
審級関係
評釈論文 緒方桂子・民商法雑誌117巻3号123~135頁1997年12月/小俣勝治・季刊労働法183号188~191頁1997年9月/森井利和・労働法学研究会報53巻14号1~31頁2002年5月20日/大澤英雄・労働法学研究会報48巻9号1~20頁1997年4月1日
判決理由 〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 当裁判所も、仮眠時間は実作業が行われなくとも控訴人会社の指揮命令下の労働と判断する。〔中略〕
 控訴人会社は、仮眠時間中の警報に対する対応、突発作業、予定作業、継続作業の頻度は極めて低く、仮眠時間中の不活動時間は非労働時間である休憩時間と主張する。なるほど、(証拠・人証略)(当審)によれば、警報発報の頻度が低く、また、仮眠時間中控訴人会社に申告するような作業がほとんどないビルもあることが認められる。しかしながら、警報発報頻度の高いビルもあり、また、前記のとおり控訴人会社に報告されない作業も存在するうえ、前記認定の事実を総合すれば、被控訴人らの職務は、もともと仮眠時間中も、必要に応じて、突発作業、継続作業、予定作業に従事することが想定され、警報を聞き漏らすことは許されず、警報があった時には何らかの対応をしなければならないものであるから、何事もなければ眠っていられる時間帯といっても、仮眠時間を労働からの解放が保障された休憩時間であるということは到底できない。仮眠時間は実作業のない時間も含め、全体として控訴人会社の指揮命令下にある時間というべきである。」と改める。
〔労働時間-法内残業-割増手当〕
 控訴人会社の賃金規定には所定労働時間を超える時間外勤務については時間外勤務手当を支給することが定められているところ、控訴人会社では仮眠時間は所定労働時間に算入されていないから、仮眠時間が労働時間に当たるとすれば、被控訴人らは控訴人会社に対し、仮眠時間に応じた時間外勤務手当を請求できる余地がある。また、仮眠時間の一部は深夜就業手当の対象となる時間帯にかかるから、深夜就業手当も同様である。しかしながら、同じ賃金規定に、二一時間勤務、二四時間勤務に就いた場合は泊り勤務手当として一回につき、二一時間勤務の場合は一九〇〇円、二四時間勤務の場合は二三〇〇円を支給する旨の規定があり、控訴人会社としては二四時間勤務等泊り勤務についた場合、泊り手当のみを支給し、実作業に就いた時間以外は、時間外勤務手当や深夜就業手当を支給してこなかったこと、昭和六三年四月一日改正の就業規則は、右の取り扱いを明文化する形で、「仮眠時間中に業務が継続又は発生し、そのために与えられなかった仮眠時間は賃金規定に定める時間外勤務手当を支給する」旨の条項を設けたこと、控訴人会社では仮眠時間を休憩時間として取り扱い、これを前提に控訴人会社と組合との間の労働協約も締結されてきたこと、特に、昭和五八年一二月一三日付労働協約では時間外勤務の範囲をシフト残業と突発残業と明確に定めていることからすると、控訴人会社と被控訴人らとの間では、二四時間勤務に就いた場合には、実作業がないかぎりは、基準外賃金としては、泊り勤務手当を支給するのみで、仮眠時間帯については、時間外勤務手当も深夜就業手当も支給しないということが労働契約の内容になっていたというべきである。そうであれば、被控訴人らが控訴人会社との労働契約に基づいて、仮眠時間について時間外勤務手当、深夜就業手当を請求することができないことは明らかである。
 被控訴人らは、労働契約は、労働者が労務を提供することを約束し、使用者が賃金を支払うことを約束する有償双務契約で、労働と賃金との対価関係は労働契約の本質的部分であるから、当該活動を労働時間であるとしながら敢えて明確に賃金支払いの対象としなかったという場合以外は賃金を請求できるというべきところ、本件において控訴人会社は仮眠時間を労働時間としてこなかったのであるから、被控訴人らは仮眠時間帯について時間外勤務手当、深夜就業手当の請求ができると主張する。しかしながら、そもそも、控訴人会社と被控訴人らとの間の労働契約は、それを労働時間と評価するか否かにかかわらず客観的に存在する仮眠時間の実態を前提に契約内容が定められているはずであるから、当事者双方が仮眠時間を労働時間として契約したか否かによって、賃金請求の可否が別れるというのは理由がない。また、控訴人会社の賃金は月給制で、実労働時間と関連のある基準外賃金のほか、実労働時間とは関係のない年令、職能、勤続年数、役職、資格等に規定される基準賃金によっても構成されているから、控訴人会社の賃金体系は労働時間と賃金との牽連性が薄い。したがって、仮眠時間が控訴人会社の指揮命令下にある労働時間であるからといって、当然に、時間に見合った賃金請求権が生じるということはできない。仮眠時間について時間外勤務手当、深夜就業手当を請求するためには、そのことを定めた合意が必要というべきである。被控訴人らの右主張は理由がない。
 また、被控訴人らは、二四時間勤務について泊り勤務手当を支給するのみで、仮眠時間に応じた時間外勤務手当も深夜就業手当も支給しないというのは、泊り勤務手当の額が通常の賃金と比較すると七分の一でしかないことを考慮すると、公序良俗に反すると主張する。しかしながら、〔中略〕控訴人会社の賃金は月給制で労働時間と賃金との牽連制(ママ)が弱いから、仮眠時間帯については通常の時間帯と比較して七分の一の賃金しか支払われていないなどと一概にいうことはできないうえ、前記のとおり、仮眠時間は何事もなければ睡眠を続けることができるという点で、実作業に従事している時間と扱いを異にしても不合理ではなく、また、仮眠時間でも実作業に従事した時間に対しては時間外勤務手当、深夜就業手当が支給されること、仮眠時間帯のみに対する手当ではないが(二四時間勤務に対する手当とみるのが相当である。)、泊り勤務一回につき二三〇〇円が支給されていることからすると、仮眠時間帯のうち実作業のない部分については時間外勤務手当、深夜就業手当を支給しないという労働契約が公序良俗に反し無効ということはできない。
 結局、被控訴人らは仮眠時間につき、労働契約のみに基づいて、時間外勤務手当、深夜就業手当を請求することはできない。
〔労働時間-労働時間の概念-小集団活動〕
 被控訴人らについては、昭和六三年二月、三月については四週間を通じての、また、同年四月から同年七月までは一か月を通じての変形労働時間制がとられていたため、被控訴人らの法定労働時間は、本件請求期間のうち昭和六三年二月、三月については、四週を通じて一週平均四八時間以内、同年四月から七月については、一か月を通じて一週平均四八時間以内である(同年四月一日から改正労働基準法が施行されたが猶予措置により、被控訴人らに適用された法定労働時間が一週平均四八時間であったことは弁論の全趣旨により認められる。)。
 したがって、右の時間を超えた労働時間については通常の賃金の一二五パーセントの時間外割増賃金が支払われるべきであり、また、午後一〇時から午前五時までの勤務については通常の賃金の二五パーセントの深夜割増賃金が支払われるべきである。なお、控訴人会社は、仮眠時間のうち実作業のない不活動時間について深夜割増をする場合の基準となる賃金は不活動時間に見合ったものとすべきと主張するが、深夜割増賃金の支払いを命じる労働基準法三七条の趣旨からすると被控訴人らの基準賃金を所定労働時間数で除した金額を基準とするのが相当である。