全 情 報

ID番号 06883
事件名 遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 帯広労働基準監督署長(梅田運輸)事件
争点
事案概要  トレーラー運転手がトレーラー運転中に脳出血により死亡したことにつき、遺族が、右死亡には業務起因性があるとして、不支給処分をした労基署長の処分の取消しを求めた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1996年12月10日
裁判所名 釧路地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (行ウ) 2 
裁判結果 認容
出典 労働判例709号20頁/労経速報1630号7頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法の制定、改正の経過及び労働基準法の関係規定との対応関係等に照らし、労災保険が労働基準法所定の災害補償責任を担保するための保険制度であると認められることからすれば、業務起因性の判断基準として、労災保険の給付対象となる傷病等と業務との間に、当該傷病等が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化により発生したと認められる関係(相当因果関係)が存在することを要すると解すべきである。
 高血圧性脳出血等の脳血管疾患が、特定の業務に従事していなくても、加齢や日常生活上の諸々の活動等によって生体が受ける負荷によって、血管病変等が増悪して発症し得るものであり、特定の業務が固有の有害因子を有しているとは認められていないことに鑑みれば、その発症においては、血管病変等が増悪した間に従事した業務の多くが日常生活上一般に存する他の諸々の原因とともに、当然に血管病変等の増悪の一因となっていると考えられる反面、当該業務に従事していなかったとしても、その他の原因によって同様の増悪の経過をたどることが十分に考えられることになる。したがって、高血圧性脳出血等の脳血管疾患に関して、災害補償責任を根拠とする相当因果関係を認めるためには、当該業務による生体に対する負荷が、諸々の原因のうち相対的に有力な原因となって、発症の基礎となる血管病変等を自然経過を超えて急激に著しく増悪させた結果、発症したと認められることが必要であると解すべきである。
 条件関係の認定については、自然科学的証明まで要するものではないが、医学的知見及び自然科学的経験則に基づく検討が必要であり、これらに基づき条件関係の存在の確証が得られない場合においては、これらと矛盾しないことを最低の要件として高度の蓋然性の程度の証明を要するものと解すべきである。
 したがって、業務起因性の判断に関する原告の一般論は採用し得ない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 新認定基準は、業務起因性の認定を拘束する法規としての効力を有するものではなく、労災保険法による給付の要件を、既知の医学的知見に基づく定型的判断が可能な限度において基準化し、その立証の負担を軽減することにより、基準に該当する事案について、その認定を簡易迅速かつ公正に行うことを可能とし、行政の効率化、公正化と請求人の簡易迅速な救済を実現することを目的として策定された行政実務における運用基準にとどまるものである。
 しかし、新認定基準策定の基礎となった医学的知見については、裁判における業務起因性の判断においても、考慮すべき必要がある。〔中略〕
 (7) 過重な業務による負荷が急激な血圧変動や血管収縮を介して血管病変等の増悪を促進することについては、前記のとおり医学的知見の存在するところであるが、業務の過重性の程度と、その負荷により血管病変等の増悪が促進される程度との客観的関係を確定し得る医学的知見が存在していると認めるに足りる証拠はない。したがって、過重な業務が存在する場合に、当該業務と脳出血が自然経過を超えて発症した結果との条件関係及び相当因果関係を認定するについては、医学的知見に基づき当該関係の存否自体を直接的に立証することは一般的には不可能であると解される。
 一方で、血管病変等の増悪には、血圧変動や血管収縮を引き起こす諸々の行為や事実が複合的に原因となり得るのであるから、ある程度の負荷を伴う業務であれば、血管病変等を増悪させる一因となり得ることまでは推認することができる。
 そこで、右事情を考慮すれば、業務が血管病変等の増悪に及ぼす影響を客観的に判定する医学的知見がない現状においては、右条件関係及び相当因果関係の認定は、医学的知見についてはこれに矛盾しないという範囲で考慮しつつ、脳出血の発症経過や臨床所見等の当該労働者に関する医学的事実、業務の質的、量的な過重性と当該過重な業務に従事した期間、その期間から発症に至るまでの経過及び他の有力な原因の存在の反証の有無等を総合的に考慮して行うことが相当である。
 (8) 本件においては、前記各検討のとおり高血圧の作用により血管病変等が増悪して発症する高血圧性脳出血であると認めることについて、医学的知見を前提としても矛盾がないこと、昭和六二年三月一〇日以降四月六日までの四週間にわたり前記内容の同種労働者と比較して明らかに過重な業務に従事していたと認められること、発症年齢が三〇代であり、しかも本件脳出血の発症経過からして訴外会社に就職後一年以内に増悪して発症に至ったと推認されることなど典型的な高血圧性脳出血に比較して明らかに発症までの期間が短いこと、業務以外の有力な原因の存在の反証がないことを総合的に考慮すると、本件脳出血は、新認定基準が念頭に置いている典型的な発症機序と符合するものではないが、右四週間の業務を中心とする訴外会社における過重な業務が相対的に有力な原因となって、脳小動脈の血管病変等が自然経過を超えて増悪して脳小動脈瘤の形成に至り、発症当日の通常の労働等による血圧上昇を直接の原因としてこれが破綻し、発症するに至ったものと認めることが相当である。
 (9) よって、Aの訴外会社における業務と本件脳出血との間には条件関係及び相当因果関係(業務起因性)の存在を認めることができる。