全 情 報

ID番号 06884
事件名 賃金仮払仮処分申立事件
いわゆる事件名 アーク証券事件
争点
事案概要  使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するためには、就業規則における職能資格制度の定めにおいて降格、降級の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必要とした事例。
 降格・減給を基礎づける就業規則の新設は、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならないが、本件ではその主張及び疎明がないとした事例。
 役付手当、営業手当、住宅手当の減額等の就業規則の変更には、高度の必要性に基づく合理的な内容であることが必要であるが、本件では合理性はないとした事例。
参照法条 労働基準法24条
労働基準法89条1項2号
労働基準法93条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 1996年12月11日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成8年 (ヨ) 21134 
裁判結果 一部認容,一部却下
出典 時報1591号118頁/労働判例711号57頁/労経速報1619号9頁
審級関係
評釈論文 土田道夫・判例評論463〔判例時報1606〕225~231頁1997年9月1日/片田信宏・平成9年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊978〕291~292頁1998年9月
判決理由 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 (一) 職能資格・等級の見直しによる減給措置の適否
 (1) 前記のとおり、債務者においては、平成六年四月一日の新就業規則の施行以前は、就業規則上には「社員の給与については、別に定める給与システムによる。」(三六条)という規定のみが存し、債務者が、従業員の職能給の減給を行える旨定めた就業規則や労働協約等が存在しなかったことは当事者間に争いがない。
 債務者は、債権者らの入社に際して、年収額は成績の如何によって減給することもあると債権者らに言明しているので、右内容が債務者と債権者らとの労働契約の内容となっている旨主張しているようであるが、本件疎明資料に照らしても、債務者らの右主張を裏付けるに十分な証拠はない。その他、債務者において、従前から従業員の勤務成績不良を理由に降格等が行われていた旨の労使慣行等もこれを認めることができない。
 ところで、使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必要である。
 本件においては、前記のとおり、債務者は、就業規則等の根拠がないにもかかわらず、債権者らの格付を引き下げてその職能給を減給しているのであるから、債務者の、債権者らに対する平成四年五月以降の右取扱いは無効である。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 (4) ところで、前記のとおり、債務者においては、平成六年四月一日、就業規則の改定が行われ、新就業規則三六条に「社員の給与については、別に定める給与規定による。」と規定され、新給与規定七条は「職能給(基本給)は、職能資格(職給)、別号俸制(別に定める給与システム参照)とし、職能資格に基づき決定する。」と規定されたほか、同八条には「昇減給は社員の人物、能力、成績等を勘案して、第二条に定める基準内給与の各種類について、年一回ないし二回行う。但し事情によりこれを行わないことがある。なお、人事考課を行うにあたっては、「経営方針」に示されるセールス(標準)表の各項目や、随時発表される営業方針の各項目や内容及び会社への貢献度その他を総合的に勘案(役職別評価)し、厳正に行うものとする。」と昇減給に関する定めが置かれたことは当事者間に争いがない。
 そこで、平成六年四月以降の降格・減給につき新給与規定八条が根拠たり得ないか否かにつき検討するに、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないものというべきである。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものと解すべきである。
 本件における新給与規則八条の規定は降格・減給をも基礎づけるものであって、右規定の新設は債権者らにとって賃金に関する不利益な就業規則の変更にあたるから、右規定を債権者らに対し適用するためには、右規定がその不利益を債権者らに受忍させるに足る高度の必要性に基づいた合理的な内容のものといえなければならない。
 しかしながら、本件においては、債務者において、右規定の新設について、その高度の必要性及びその合理性につき主張及び疎明がない。してみれば、新給与規定八条は、平成六年四月以降の降格・減給につき根拠たり得ないものというべきである。
 平成四年五月以降毎年五月に給与システムの改定が実施されているが、役付手当、営業手当及び住宅手当については、各年の改定ごとにその金額が減額されている一方(但し平成四年の住宅手当のみは増額)、職能給については、平成五年に限って減額されていることが認められる。
 ところで、右給与システムの法的性格は就業規則であるから、右給与システムの変更についても、前記のとおり、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更にあたり、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
 (2) 本件においては、前記のとおり、債務者の営業成績は、株式不況により、手数料収入が減少するなどして経常利益等が赤字となり、営業店舗の統廃合を実施し、また人員削減の措置を講ずるなどして人件費等の経費削減に努めていることについては当事者間に争いがない。右事実によれば、債務者において、就業規則を変更して、諸手当等の減額を行う必要性が全くなかったとまではいえないことは、債務者主張のとおりである。しかしながら、右事実のみによって、更にすすんで高度の必要性まで存したかについてはなお疑問の余地があるものといわざるを得ない。