全 情 報

ID番号 06890
事件名 退職金請求事件/損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日本コンベンションサービス(退職金請求)事件
争点
事案概要  労働者がコンベンション業務を営む会社を退職して同種の事業を営む会社の設立に参加し、そこに勤めた者が、元のコンベンション業務を営む会社に対して退職金を請求したのに対して右会社が競業避止義務違反等を主張して争った事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法89条1項3号の2
労働基準法2章
労働基準法90条
労働基準法106条1項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
就業規則(民事) / 意見聴取
就業規則(民事) / 就業規則の届出
就業規則(民事) / 就業規則の周知
裁判年月日 1996年12月25日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 3217 
平成4年 (ワ) 3532 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例711号30頁
審級関係
評釈論文 石橋洋・労働法律旬報1417号16~23頁1997年10月10日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 就業規則三一条二項によれば、被告Y1会社の従業員は、退職後二年間、会社の業務地域において、その従業員が勤務中に担当した業務について、会社と競合して営業を営むことができないと規定している。
 一般に、労働者は、労働契約が終了すれば、職業選択の自由として競業行為を行うこともできるのであるから、労働契約が終了した後まで競業避止義務を当然に負うものではない。しかし、他方、使用者は、労働者が使用者の営業秘密に関わっていた場合、自己の営業秘密を守るため、退職後も労働者に競業避止義務を課す必要があり、就業規則で、このような規定を設けることにも、一応の合理性が認められる。
 したがって、従業員に対し、退職後一定期間競業避止義務を課す規定も有効と考えるべきであるが、その適用に当たっては、規定の趣旨、目的に照らし、必要かつ合理的な範囲に限られるというべきである。そして、この点を判断するに当たっては、これによって保護しようとする営業上の利益の内容、殊に、それが企業上の秘密を保護しようとするものか、それに対する従業員の関わり合い、競業避止義務を負担する期間や地域、在職中営業秘密に関わる従業員に対し代償措置が取られていたかどうかなどを考慮すべきである。〔中略〕
 コンベンション業務は、取引先と従業員との個人的な関係により継続的に受注を得るという特質を有しているため、退職した従業員に対し、一定期間競業避止義務を課すことは、従来の取引先の維持という点で意味がある。しかし、このような従業員と取引先との信頼関係は、従業員が業務を遂行する中で形成されていくもので、従業員が個人として獲得したものであるから、営業秘密といえるような性質のものではない。また、このような従業員と取引先との個人的信頼関係が業務の受注に大きな影響を与える以上、使用者としても、各種手当を支給するなどして、従業員の退職を防止すべきであるが、〔中略〕被告Y1会社は、従業員が恒常的に時間外労働に従事していたにもかかわらず、一定額の勤務手当を支給しただけで、労働時間に応じた時間外手当を支給していなかったのであるから、十分な代償措置を講じていたとは言えない。かかる状況の中にあっては、被告Y1会社は、単に、従業員を引き止めるための手段として、従業員に対し、競業避止義務を課しているに等しいと言える。
 したがって、以上によれば、原告らが被告Y1会社を退職して、同種の事業を営む会社に勤めたとしても、これによって、被告Y1会社の営業上の秘密が他の企業に漏れるなどの事態を生ぜしめるものでないし、原告らの退職により、取引先からの業務の受注に大きな影響を与える結果となるとしても、それは、従業員と取引先との個人的信頼関係の強い事業を営んでいることに起因するのであるから、本来、被告Y1会社において、十分な代償措置を採った上、転出等を防止すべく万全の措置を講じておくか、右措置を採らないのであれば、自ら、これを受認(ママ)すべきものというべきであるので、右就業規則の規定は、原告らのような退職者には適用がなく、原告らの退職後の右行為をもって就業規則違反ということはできないというべきである。
 (2)(ママ) なお、被告Y1会社は、原告X1、同X2、同X3、同X4、同X5及び同X6との間で、右就業規則の規定とは別に、競業禁止契約(証拠略)を締結しているから、右原告らの行為は、この契約にも違反する旨主張するが、仮に、このような競業禁止契約が締結されているとしても、その適用に当たっては、就業規則の場合と同様に制限的に考えるべきであるから、右原告らの行為をもって、競業禁止契約に違反するものとはいえない。
 (10) 以上によれば、原告らは、被告Y1会社を退社して被告Y1会社と同種の事業を営む新会社を設立するため、関西支社、名古屋支店及び京都支店の従業員を勧誘して、平成二年六月二五日被告Y2会社を設立し、また、関西支社の書類や物品などを持ち出した点において、懲戒解雇事由に該当する。
〔就業規則-意見聴取〕
〔就業規則-就業規則の届出〕
〔就業規則-就業規則の周知〕
 被告Y1会社は、平成二年五月三〇日、就業規則中に本件不支給条項を有効に新設したと主張するが、この点、(人証略)は、平成二年五月三〇日、本件不支給条項を新設したとしながら、現実に、右規程を周知させたのは、平成二年七月末ころであり、これを労働基準監督署に届け出たのは、同年七月ころであり、右新設に当たり、労働者一名から意見を聴取したのみで、労働者の過半数を代表する者の意見を聴取していないと供述するところであって、本件不支給条項が平成二年五月三〇日に新設されたというには、右の各手続の履践が相当に遅れており、また、その手続の履践の程度も十分ではないところであり、これに、平成二年五月三〇日に本件不支給条項を新設したとする裏付けが十分でないことをも考慮するとき、(人証略)の、平成二年五月三〇日、本件不支給条項を新設したとの前記供述は措信し難く、他に被告Y1会社の前記主張を認めるに足る証拠はない。したがって、本件不支給条項が平成二年五月三〇日に有効に新設されたということはできない。その結果、本件不支給条項は原告らが本件解雇の意思表示をした平成二年七月一一日以降に作成された可能性を否定することはできない。したがって、被告Y1会社が原告らに対してした本件解雇が有効であるとしても、右のとおり、本件不支給条項が右解雇の意思表示を発する以前に有効に新設されたということができない以上、右解雇を理由に、退職金を不支給とすることは、その根拠を欠き、許されない。
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 本件不支給条項は、退職金の一部の不支給のみならず、全額の不支給をも規定しているが、右のような被告Y1会社の退職金制度に照らせば、退職金全額の不支給は、労働者の権利に重大な影響を与えるものであるから、単に懲戒解雇事由があるというだけで、退職金全額の不支給が認められるわけではなく、更に、そのことが、労働者のこれまでの功績を失わしめるほどの重大な背信行為と評価されることを要するというべきである。
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 原告らの行為が、懲戒解雇事由に当たるとしても、右行為は、原告X1を除くその余の原告らに関する限り、これまでの功績を失わしめるほどの重大な背信行為とまではいえず、右原告らについて、本件不支給条項を適用して、退職金を支給しないとすることはできない。これに対し、原告X1については、前記認定の事実に鑑みれば、その行為は、これまでの功績を失わしめるほどの重大な背信行為というべきであるので、本件不支給条項を適用して、退職金を支給しないこととなっても、やむを得ないというべきである。