全 情 報

ID番号 06906
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 本位田建築事務所事件
争点
事案概要  営業譲渡がなされた三か月後に退職した従業員と、営業譲渡前に退職勧告を了承して退職した従業員兼務の役員が、会社都合の退職金が支払われるべきであるとして争った事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法3章
労働基準法11条
労働基準法115条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約の承継 / 営業譲渡
賃金(民事) / 退職金 / 退職慰労金
退職 / 合意解約
雑則(民事) / 時効
裁判年月日 1997年1月31日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 20185 
裁判結果 認容,一部棄却
出典 労働判例712号17頁/労経速報1635号11頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約の承継-営業譲渡〕
 企業間において営業譲渡契約がなされるに当たり、譲渡する側の会社の従業員の雇用契約関係を、譲渡される側の会社がそのままあるいは範囲を限定して承継するためには、譲渡・譲受両会社におけるその旨の合意の成立に加え、従業員による同意ないし承諾を要すると解される。
 そこで、本件において原告X1及び同X2による右の同意あるいは承諾が存したか否かにつき検討する。右に認定した事実関係によれば、社長及び副社長は本件営業譲渡契約締結の事実につき、従業員を集団的に集めた状態で、事後的に、包括的・抽象的な説明を行ったのみであり、しかも、A会社が被告から承継した従業員の勤務年数は大きく制限されていたにもかかわらず、それについての明確な説明がなされた事実も窺えないことからすれば、単に原告X1及び同X2が右説明の際に明確な異議を申し出ず、平成六年一月一日からA会社の従業員として勤務を開始したことをもって、右にいう同意ないし承諾がなされたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。そうすると、被告と原告X1及び同X2の雇用契約関係は、A会社に当然には承継されず、使用者が被告からA会社に切替わる平成五年一二月三一日の時点でいずれも一旦終了したものであり、右両原告は、同日をもって被告を退職したと理解できる。
〔退職-合意解約〕
 原告X1及び同X2の被告退職に当たり、被告による解雇の意思表示が存したとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もないので、右各原告の退職理由は、被告の退職の申込みを右各原告が承諾したことによるものであると理解するのが相当であり、合意退職と認められる。
〔賃金-退職金-退職慰労金〕
 (一) 給与規定二九条は、「退職金は勤続満一年以上の従業員が次の各項の一つに該当する場合に退職した者に支給する」(書証略)とし、その一項において「役員に就任したとき」と定めていることからすれば、同条は、役員就任をもって従業員の地位を喪失するとの趣旨であると一見思われなくもない。しかしながら、給与規定の根拠規程である就業規則が、従業員の退職事由について定めた一九条において、役員就任を退職事由として掲げていないことからすれば、就業規則及びこれに基づく給与規定が、役員就任をもって、従業員性の絶対的喪失事由とする趣旨であったとは解されない。そうすると、右給与規定二九条は、従業員であった者が役員に就任した場合に、以後、従業員兼務の役員とはならずに、従業員性の無い純粋な役員となる場合があることを念頭に置き、そのような場合には、役員を退任しなくても、従業員ではなくなった役員就任の時点において、退職金の支給を受けられるということを注意的に規定したものと理解するのが相当である。
 以上からすれば、取締役に就任したことの一事により、原告X3の従業員性が失われることにはならない。
 (二) そこで、原告X3が、取締役に就任した平成元年一一月一日以降においても、従業員としての地位を有していたか否かについて検討する。
 原告X3及び被告代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告X3の被告における立場は、取締役就任前は営業部長であり、取締役就任後は取締役営業部長であったが、担当していた業務内容は、取締役就任の前後を通じ、家を建てる予定のある客と接触して同人に設計を勧め、被告と契約を締結させることであって、なんら変化を生じていないこと、原告X3は、取締役就任後においても、被告の経営の核心部分に参加したことがなく、被告の指示に従って労務を提供していたこと、原告X3は、取締役就任に当たり、従業員としての退職金の支給を受けておらず、その時点で従業員としての精算がなされていなかったことがそれぞれ認められる。
 以上からすれば、原告X3は取締役就任後においても、被告との使用従属関係が存していたことが認められ、平成五年四月二九日までの間に、右使用従属関係が喪失したことを認めるに足りる証拠はない(なお、原告X3は、その本人尋問において、取締役に就任すると従業員ではなくなると常識的には考えていた旨の供述をしているが、前記認定の事情の下においては、原告X3がそのような認識を有していたことのみをもって、その従業員性を否定する理由とはならないと解される。)。
 (三) 以上からすれば、原告X3の被告従業員としての退職年月日は、取締役退任と同時期であって、平成五年四月三〇日であると認められる。
 2 次に、原告X3の退職理由について検討する。
 被告が平成五年四月三〇日、原告X3に対し退職勧告をなし、同原告がこれを了承して被告を退職したことは当事者間に争いがないのであるから、原告X3は、被告による退職の申込みを承諾したものであって、その退職理由は合意退職であると認められる。
〔雑則-時効〕
 被告は、原告X3の退職金請求権が時効消滅した旨主張するが、退職金請求権は従業員の退職後始めて発生し、行使しうるものであるところ、同原告の被告従業員としての退職日が平成五年四月三〇日と認められることは前記認定のとおりであり、退職金請求権の消滅時効期間は五年である(労基法一一五条)から、同原告の退職金請求権が未だ消滅時効期間を経過していないことは明らかである。したがって、被告の右主張は理由がない。