全 情 報

ID番号 06949
事件名 時間外手当請求控訴事件
いわゆる事件名 北都銀行(旧羽後銀行)事件
争点
事案概要  銀行が、銀行の完全週休二日制の実施に伴い、土曜日を休日とする代わりに週の初めと月末の平日の所定の労働時間を延長するなどを内容とする就業規則の変更を行ったことに対して、少数派の組合に属する労働者が、右就業規則の変更を就業規則の不利益変更に当たり無効であるとして争った事例。
参照法条 労働基準法89条
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 労働時間・休日
裁判年月日 1997年5月28日
裁判所名 仙台高秋田支
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ネ) 85 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 労働判例716号21頁/労経速報1632号3頁
審級関係 一審/05938/秋田地/平 4. 7.24/平成1年(ワ)178号
評釈論文 虻川高範・労働法律旬報1411号18~21頁1997年7月10日/清正寛・法律時報70巻10号91~94頁1998年9月/谷本義高・同志社法学49巻2号212~236頁1998年2月/和田肇・労働判例719号6~11頁1997年9月15日
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-労働時間〕
 一般に、就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないというべきである。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、はじめてその効力を生ずるものというべきである。そして、右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。以上が、最高裁判所の判例の趣旨とするところであり(最高裁判所平成九年二月二八日第二小法廷判決、裁判所時報一一九一号一頁)、当裁判所が判断基準として採用するところでもある。
 したがって、以下において本件就業規則変更の不利益性、変更の合理性の順で検討することにする。〔中略〕
 本件就業規則の変更が控訴人らに与える不利益性の判断に際して、右第三土曜日を全面的に通常の労働日と同様に評価して、労働時間を機械的に比較することは当を得たものとは言い難い。すなわち、右第三土曜日を休日として計算して、実労働時間が年間七時間五〇分の延長となる(弁論の全趣旨により明らかである)という控訴人の主張をそのまま本件就業規則の変更の不利益性の根拠におくことはできないが、同時に、第三土曜日を労働日として評価し、本件就業規則の変更によって、年間所定労働時間は平成元年度すなわち平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの暦で計算すると一八四九時間二〇分と四二時間一〇分短縮されたとする被控訴人の主張も、機械的に過ぎて文字通りに受け取る訳にはいかず、控訴人らの不利益を合理化する理由には足りないと解するのが相当である。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-労働時間〕
 これまで述べてきた本件就業規則の不利益性に照らすと、その変更に対して控訴人ら従組組合員が抵抗したことも無理からぬところがあるといわざるを得ず、労使の交渉が平行線をたどって妥結しなかったという理由で、控訴人らに不利益を受忍させるには不利益の程度が大きすぎると考えられるので、交渉の経過によって、本件就業規則変更の合理性を認めるということは相当とはいい難い。
 〔2〕 また、本件就業規則については、前示のように、被控訴人の従業員の大多数をもって組織されている労組がすでに変更について合意している。多数労働者が賛同していることは、就業規則の変更が合理性を有することを推認する一つの根拠となり得る。そのために、被控訴人としても、労組との合意に基づいた労働条件によって統一的・画一的に処理することを望んだことは当然と理解されるが、労働条件や規律の集合的処理の必要を強調する余りに、少数者の権益を不当に侵害することがあってはならないこともまた必要な要請というべきである。〔中略〕
 かつて従組の運動方針に反対する一部の者が従組から脱退して労組を作り、被控訴人に協調した組合活動を行うようになったという沿革があって、被控訴人としても労組と協調する姿勢をとり、従来から労組の幹部が被控訴人内部でも出世していくという実態が認められるので、ともすれば、被控訴人の経営陣と労組員とによって、被控訴人銀行の労使の多数の意思が形成される雰囲気があったことは推認するに難くなく、それが企業体の多数意見を形成していることは推認できる。しかし、控訴人らが主張している本件就業規則の適用による不利益が理由のないものではないとすると、これを多数意見によって放棄させるとすれば、少数者の権益が顧みられないということになりかねないし、その受忍を強いるには、経済的な不利益が大きすぎるというべきであるから、労組側が本件就業規則の変更に合意していることも、右の変更を控訴人らに適用する合理性を支える決定的な理由にはならないというべきである。〔中略〕
 以上に検討したように、本件就業規則の変更によって控訴人らが被る不利益の内容・程度、被控訴人側の就業規則変更の必要性、変更された就業規則の内容、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合などの対応、同種事項に対する他の金融機関など社会における一般的状況などを総合して判断すると、被控訴人が、完全週休二日制の実施に伴って土曜日が休業になることを受けて、労働時間の配分を統一的・画一的に行うべく就業規則を変更する必要性が生じたことは理解できるが、特定日なかでも毎月二五日以降の平日の終業時間を六〇分延長するという変更は、それに伴う控訴人らの経済的な不利益と合わせ考えると、週休二日制に付随して必要になる範囲を超えて控訴人らに不利益を科する内容であるというべきであるから、労働時間に関する本件就業規則の変更は、全体として合理性を欠くといわざるを得ず、これらの不利益を緩和するために、更に何らかの措置を伴わない以上、これに同意しない控訴人らを拘束する規範的な効力を持つものではないと解するのが相当である。