全 情 報

ID番号 06955
事件名 地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 ヤマトセキュリティ事件
争点
事案概要  語学堪能を採用条件とする社長秘書募集に応募し採用された従業員が、社長のスポーツ団体事務局長退任に伴い語学を必要とする業務がなくなったことを理由として語学手当(月額一〇万円)の削減とともに配転命令を受け、それを拒否したこと等を理由に解雇されたのに対して、その効力を争った事例。
参照法条 労働基準法2章
民法623条
労働基準法89条1項3号
体系項目 労働契約(民事) / 成立
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 仕事の不賦与と賃金
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 1997年6月10日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 平成8年 (ヨ) 3490 
裁判結果 認容
出典 労働判例720号55頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-成立〕
 債権者が債務者会社に就職するきっかけとなった平成三年四月一六日付けA新聞の求人広告欄(〈証拠略〉)には、「社長秘書募集」という表題の下に、採用条件として、「英語堪能な方を望みます(仏語もできる方は尚良)」「タイピングできる方」「出張可能な方」「普通自動車運転できる方」という文言が記載されており、債権者に対して語学能力のみが要求されていたものではないことが認められる。また、右の求人内容から債権者において自己が警備業務に配置されることを予想することは困難であり、債権者も採用面接の際に将来警備職に就くこともあり得る旨の明確な説明を受けていない。〔中略〕
 右のような採用条件、採用後の勤務形態の違い、求人広告の内容と採用面接時における債務者会社側の言動、警備業務に携わっている他の女子職員に関する採用状況を総合勘案すれば、債権者は社長秘書業務を含む事務系業務の社員として採用する旨の合意がなされたものというべきである。
〔賃金-賃金請求権の発生-仕事の不賦与と賃金〕
 債務者会社の賃金規程(〈証拠略〉)一九条には、「中途採用者の賃金設定にあたり、調整手当を設けて調整することがある。調整手当の額は、社長裁定によるものとする」という定めがあるが、この文言自体、雇用契約当初の調整手当を設定する場合の規程であって、その後の雇用期間中にいつでも社長の裁量で調整手当を減額することの根拠規程となるものではない。就業規程(〈証拠略〉)一〇四条(三)には懲戒の種類の一つとして「減給」が掲げられているが、債務者会社においては、そのほかにいかなる場合に、どのような手続を経て、どの程度賃金を減額できるのかという点の整備はなされていない。
 債務者会社は、平成五年二月ころ、債権者に対し、金一〇万円の語学手当を削減する意向であることを通告し、B労働組合による団体交渉を経た約二か月後には右通告を撤回しているが、自由に使用者に対する賃金を減額するための就業規則上の権限根拠規程を欠き、減額に対する債権者の同意を欠く以上、右撤回に言及するまでもなく、右通告は効力を有しないものというべきである。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 一般に、労働の種類、態様、勤務場所は、労働提供の具体的な内容をなすものであり、併せて労働者の生活にとって極めて重要な意義を有するのであるから、労働契約の内容をなすものというべきであり、労働の種類、態様、勤務場所の変更は、労働契約の内容を変更するものであって、当該労働契約によってあらかじめ合意された範囲を超える労働の種類、態様、勤務場所の変更は、労働者の個別的な合(ママ)意がない場合においては、使用者の一方的命令によってはこれをなし得ないものと解すべきである(広島地方裁判所昭和六三年七月二六日判決・労民集三九巻四号二七〇頁)。債務者会社としては、債権者を採用する際において、将来事務系業務以外に警備業務を担当することもあり得ること、その際は警備業務に必要な資格書類の提出を求め、警備訓練を実施することなどを債権者に告知し、その同意を得ておけば右就業規程一〇条による異動を命じることができたものといえるが、既に争点に対する判断一項(職種の限定について)で検討したように、債権者と債務者会社の間には社長秘書業務を含む事務系業務の社員として採用する旨の合意がなされたものというべきである。したがって、債権者について右就業規程一〇条の適用はなく、警備業務への職種の変更については個別の同意が必要である。
 仮に、就業規程一〇条の適用があるとしても、雇用契約当初においてなされた合意の状況、債権者は警備業務への配転命令がなされた当時四七歳の全く警備業務の教育さえ受けたことのない女子であること、次項で述べるとおり、債権者の五級職としての地位からの労働条件の切り下げがなされ得る状況が存したことの諸事情に照らせば、債権者における警備職への配転命令拒否には正当な理由があったものというべきである。
〔解雇-解雇権の濫用〕
 債権者は、警備員への配置転換を拒否したので、同月二八日、同日付け解雇通知書(〈証拠略〉)によって解雇告知がなされた。解雇理由として記載されている事由は、〔1〕平成四年六月から平成五年四月までにおける各部署での執務態度等が著しく劣り、これが就業規程二二条五項(成績不良な者又は経営効率の向上に非協力的な者)に該当すること、〔2〕債権者が一年六か月の期間を費やして平成八年三月に提出した右(一)項掲記の事業計画書が評価に値する内容でなかったことも右就業規程二二条五項に該当すること、〔3〕平成八年一一月二七日に配置転換を含む人事異動の確認を行ったことに対し、債権者が正当な理由なくこれを拒否したことは就業規程一〇六条二項(「正当な理由がなく、職種の変更、配置転換その他業務上の指示命令に従わないとき」という内容。〔中略〕
 2 そこで、右解雇通知の効力について検討する。
 (一) まず、警備業務への職種の変更を伴う配転命令を行うにつき、前記就業規程一〇条の適用はなく、債権者における個別の同意が必要であるところ、その同意を欠いていることは明らかであるから、右配転命令は無効であること、仮に配転命令が有効であるとしても、債権者の配転命令拒否に正当な事由があることは既に説明したとおりである。したがって、右〔3〕の解雇事由は理由がない。〔中略〕
 (四) したがって、仮に右解雇事由〔1〕及び〔2〕が、形式的に債務者会社の就業規程上の解雇事由に当たるとしても、解雇事由〔1〕及び〔2〕に関する前記の諸事情に照らせば、解雇という重大な処分にまで処することは著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないものというべく、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。債務者会社としては、右〔1〕及び〔2〕の解雇事由だけでは解雇するに十分ではないとみて、前記〔3〕の配転命令拒否の事由が生じた時点を期して一気に解雇の意思表示に踏み切ったものと推認されるが、右〔3〕に理由がない以上、右〔1〕及び〔2〕の解雇事由だけで解雇の意思表示が効力を生じることはないものというべきである。