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ID番号 06975
事件名 雇用契約確認等請求事件
いわゆる事件名 学校法人白頭学院事件
争点
事案概要  合意解約の意思表示につき、生徒の母親と情交関係をもったためその母親の前夫からの強迫によりなされたもので、その取消しは認められるとした事例。
 退職願の撤回につき、使用者の承認前に撤回がなされており、それが信義則に反するものでもないとして有効とした事例。
 生徒の母親と情交関係をもった教師に対する懲戒解雇につき、「教職員としての品位を失い、学院の名誉を損ずる非行」という懲戒解雇事由に該当し、権利濫用に当たらないとした事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
民法96条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務外非行
退職 / 退職願 / 退職願と強迫
退職 / 退職願 / 退職願いの撤回
裁判年月日 1997年8月29日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 1027 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例725号40頁
審級関係
評釈論文 松澤幸太郎・月刊高校教育36巻16号74~81頁2003年12月
判決理由 〔退職-退職願-退職願と強迫〕
 二 平成七年一二月一四日の合意解約申込による合意解約の成否について
 前記一認定事実によれば、原告は、平成七年一二月一四日、Aの強度かつ執拗な強迫によって、畏怖を抱き、その畏怖によって、退職する旨の意思表示をなしたが、平成八年六月六日、右意思表示を取り消す旨の意思表示をし、右意思表示は翌七日に被告に到達しており、右強迫による退職の意思表示は取り消されたものと認められるので、被告の合意解約が成立した旨の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
〔退職-退職願-退職願いの撤回〕
 三 平成七年一二月二〇日の合意解約の成否について
 1 前記一認定のとおり、原告は、平成七年一二月二〇日、校長に対して退職願を提出しており、原告は、被告に対しこれにより雇用契約の合意解約の申込をしたものと認めることができる。
 これに対し、原告は、校長に退職願を預けただけであり、合意解約の申込に該当しない旨主張するが、(証拠・人証略)、原告本人によれば、原告は、真に退職する意思を有していたことが認められ、原告の右主張は採用できない。
 2 労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当である。なお、被告の引用する最判昭和六二年九月一八日労判五〇四号六頁は、対話者間で承諾の意思表示のなされた事案と考えられ、隔地者間で承諾の意思表示のなされた本件とは事案を異にするものである。
 前記一認定事実によれば、原告は、合意解約の申込から約二時間後にこれを撤回したものであって、被告に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情が存在することは窺われず、原告は、理事長による承諾の意思表示が原告に到達する前に、合意解約の申込を有効に撤回したものと認められるので、被告の合意解約が成立した旨の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務外非行〕
 2 懲戒事由該当性について
 教育者たるものには教育者にふさわしい高度の倫理と厳しい自律心が要求されているところ、前記一認定のとおり、教育者としての地位にあり結婚して子供もありながら、真摯な愛情に基づくわけでもなく、生徒に対する部活動の指導の中で知り合った当該生徒の母親と情交関係を繰り返していた原告の行為は、社会生活上の倫理及び教育者に要求される高度の倫理に反しており、被告の勤務規定三一条が懲戒事由として定める「教職員としての品位を失い、学院の名誉を損ずる非行のあった場合」に該当するということができる。
 なお、原告は、生徒の母親と教師が交際することは、何ら非難される行為ではない旨主張するが、子供の教育という観点からは、毎日のように指導を受けていた妻子ある教師と自分の母親が情交関係を持っていたことを知った生徒が受ける打撃は計り知れないものがあり、たとえ事後に原告の配偶者が宥恕したとしても、原告の行為は社会通念上許されるものではないというべきであって、原告の右主張は採用できない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 3 懲戒権濫用の有無
 前記一認定事実によれば、教師には生徒の保護者と協力して生徒の健全な育成を目指すことが期待されるところ、原告は妻子がありながら原告の指導する生徒の母親と情交関係を持ったものであって、原告の行為は単なる私生活上の非行とはいえず、社会生活上の倫理及び教育者に要求される高度の倫理に反しており、教職員としての品位を失い、被告の名誉を損ずる非行に該当すること、Bの子供二人と、Aの兄の子供は、三人とも被告の中学校に通い被告サッカー部に所属していたが、平成八年三月末をもって被告の中学校を退学しており、子供らに対する教育上の悪影響が心配されること、被告は、その生徒のほとんどが韓国籍を有し、在日韓国人の子女であるか韓国企業の日本駐在員の子女であって、在日韓国人団体、在日韓国人篤志家、韓国政府から多額の援助を受けている等の民族的特色を有しているところ、韓国刑法は姦通罪を規定しているなど、韓国においては儒教的な性的倫理観・道徳観が強いことから、原告の行為は、被告がその基盤とする韓国人社会からの被告に対する信用を傷つけるものであること、校長が、Aに対する対応等事後処理を余儀なくされ、警察から事情聴取を受け、韓国政府から監督不行き届きを指導されたことに照らすと、原告が問われるべき責任は軽いものとはいえない。なお、原告は、被告の民族的特殊性を過度に強調することは相当ではない旨主張するが、前記一認定事実、原告本人によれば、原告は被告の民族的特殊性を十分了解した上で被告に就職したことが認められ、被告の民族的特殊性を事情として考慮することは許されるというべきである。
 右によれば、Cが原告を宥恕していること、原告とBの関係の発覚時には、その関係が終了していたこと、懲戒解雇の意思表示時点では、右発覚時より約七か月が経過していたこと等原告に有利な点を考慮しても、原告に対する懲戒解雇が相当性を欠き懲戒権を濫用したものとは認めることはできない。