全 情 報

ID番号 07041
事件名 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 ヤマゲンパッケージ事件
争点
事案概要  関連会社で取締役を二期四年勤めて退職した後、五四歳で債務者会社に工場長代理(実際の仕事はダンボール紙の切断作業)に就職した労働者が、平成九年二月に新しく定めた就業規則の五七歳定年制により、五七歳到達を理由に雇用契約終了とされ、地位保全等の仮処分を申し立てた事例(認容、一部却下)。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法93条
労働基準法2章
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
解雇(民事) / 変更解約告知・労働条件の変更
労働契約(民事) / 成立
解雇(民事) / 短期労働契約の更新拒否(雇止め)
退職 / 合意解約
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 1997年11月4日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 平成9年 (ヨ) 2166 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例738号55頁/労経速報1656号15頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
 五七歳定年を定めた新規則の制定は、それまで就業規則上の定年制が存在しなかったところに新たに五七歳定年制を導入したもので、労働者に不利益な規定を就業規則上新設したものであるから、就業規則の不利益変更の問題となる。就業規則の不利益変更の拘束力については、使用者が新たな就業規則の制定又は変更によって労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件の統一的かつ画一的な処理を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則が合理的なものであるかぎり変更に同意しない労働者をも拘束するものと解する。そこで、債務者において平成九年二月一〇日という時期に五七歳定年を定めた就業規則を制定すること(これを以下「本件不利益変更」という。)の合理性をみるに、(証拠略)によれば、債務者の従業員は期間の定めのある者が大半を占め、期間の定めのない者は債権者を除けばいずれも若い二名に過ぎず、年功的賃金体系と長期雇用制が強固に存在しているわけではなく、定年制を合理的なものとする基盤が存在しないこと、債務者においては従来労働者を定年で雇用終了させたことがなく、それでも支障なく企業経営が行われてきたもので、六〇歳定年制が強行法化される一年余り前の時点において新たに五七歳定年を導入すべき必要性が認められないこと、従業員の年齢構成及び六〇歳定年制が強行法化される時期からみて、五七歳定年が現実に適用されることになるのは債権者のみであり、債務者は新規則を制定した直後に債権者に対し五七歳定年であることを述べて雇用条件の引下げを迫っていることからすると、本件不利益変更は、高賃金で雇い入れた債権者を狙い撃ちにして賃金の引下げを要求する手段の疑いが濃く、合理性が認められない。
 したがって、本件不利益変更は無効であり、債権者が満五七歳に達した日の翌日である平成九年八月二〇日に本件雇用契約が定年で終了したとは認められない。〔中略〕
〔解雇-変更解約告知・労働条件の変更〕
〔労働契約-成立〕
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
 期間の定めのない雇用契約が締結された場合に、これを期間の定めのある雇用契約に変更するには、雇用契約の基本を変更するものである以上、使用者と労働者の合意が必要であり、使用者が、一方的に雇入通知書に雇用期間の定めを記載して労働者に交付しても、雇用が当然に期間の定めのあるものとはならないし、事項の重大性に鑑みると、労働者が速やかに異論を述べないと黙示の同意があったものと推認することも相当でない。〔中略〕
〔退職-合意解約〕
 労働者が雇用契約終了の効力を訴訟で争っている場合に、使用者に対し離職票の交付を請求したとしても、使用者に雇用契約の終了原因を明らかにさせるために行ったものとも、雇用保険の仮給付を受けるために行ったものともみることができるから、雇用契約の終了を認める意思表示とは解することはできない。また、使用者から雇用契約が終了したとして労働契約上の地位を否定された労働者が、あらためて就労の意思表示をしないと、雇用契約の終了を認めたことになるとはいえない。したがって、債務者の右主張は採用できない。
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 前記認定によると、平成九年二月一九日ころ、A常務は債権者に対し、債権者の定年後の雇用条件として賃金を年額五〇〇万円(月額四〇万円、一時金二〇万円)とすると申し入れたもので、同年の賃金改定期から年額五〇〇万円にすると言ったわけではないから、債権者はこれに対し否定も肯定もしなかったとしても、同年の賃金改定期から年額五〇〇万円にすることに黙示の承諾を与えたことにはならない。債務者は定年後の雇用条件としての申入れであることを否認し、A常務はそれに沿う陳述をするけれども、債務者が五七歳定年を定めた新規則を制定した直後であること、賃金引下げの幅が二〇〇万円もあり一時金も年一回になるなど平成七年一〇月の賃金改訂に比して大幅な改訂であることに照らすと、定年後の雇用条件としての申入れであったと認めるのが相当である。また、突然重大なことを告げられた場合に即座に拒否の意思を表明しないと黙示の承諾があったものと認めることは相当ではないし、債権者は基本給月額四〇万円として初めて賃金が支払われた平成九年五月二五日の直後にA常務に対し異議を述べているから、異論を述べずに賃金を受領することによって黙示の承諾をなしたものとも認められない。ちなみに、賃金は労働者と使用者との合意によって定められるべき労働条件の基本であり、使用者が一方的に査定して決定する権限を有するものではないから、ある労働者の賃金が実質的に高過ぎるとしても、使用者が一方的意思表示によってこれを減額することはできない。したがって、債務者主張の賃金減額原因は認められず、債権者は債務者に対し、年額七〇〇万円(月基本給四五万円、一時金八〇万円年二回)の賃金請求権を有することになる。