全 情 報

ID番号 07049
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 東京厚生会事件
争点
事案概要  看護婦の勤務予定表の紛失等を理由に婦長から平看護婦に二段階降格させたことにつき、本件降格は人事権の行使として行われたものであるが、降格を含む人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属するので、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り違法とはならないが、本件降格は裁量判断を逸脱しており無効・違法とされた事例。
 民法六二八条一項に基づく定年までの賃金相当額の支払請求につき、即時解雇を行わなければならない事由もなく、即時解雇ゆえに生じた損害も認められないから、請求理由なしとされた事例。
参照法条 民法1条3項
民法628条1項
労働基準法第2章
体系項目 労働契約(民事) / 人事権 / 降格
解雇(民事) / 解雇と争訟・付調停
裁判年月日 1997年11月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 18347 
裁判結果 認容、一部棄却
出典 労経速報1660号3頁/労働判例728号36頁
審級関係
評釈論文 小宮文人・法律時報71巻2号87~90頁1999年2月
判決理由 〔労働契約-人事権-降格〕
 一 本件降格の適否
 本件降格は、前記の事実に照らすと、被告が、予定表の紛失を理由に、原告を管理職不適と判断して、人事権に基づき降格したものと認められる。
 一般に、使用者には、労働者を企業組織の中で位置づけ、その役割を定める権限(人事権)があることが予定されているといえるが、被告においても、就業規則一〇条(異動)は「業務上必要あるときは、配置転換・職種変更を命ずる」旨規定しており、したがって、本件においても、被告は、右人事権を行使することにより、労働者を降格することができる。
 原告は、本件降格は懲戒である旨主張するが、被告における就業規則四二条は懲戒の種類として降格を定めていないし、また、被告の平成八年七月三一日の文書(書証略)によっても、A事務長に対しては制裁として減給にする旨明らかにしているが、原告に対する降格については格別制裁として行う旨の表示も存しない。してみれば、原告の右主張は理由がない。
 このように、本件降格は、被告において人事権の行使として行われたものと認められるところ、降格を含む人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にあたると認められない限り違法とはならないと解されるが、使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業体における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮すべきである。
 前記のとおり、婦長と平看護婦は待遇面では役付手当五万円が付くか否かにしか違いがないうえに、本件降格が予定表という重要書類の紛失を理由としていることなどに照らすと、被告が降格を行うとの判断をしたことは一応理解できなくはないけれども、一方、〔1〕本件降格が実施された直後に、原告が予定表を発見していることに照らすと、被告が原告に対し、紛失した予定表を徹底的に探すように命じたのか否かにつき疑問も存し、予定表の発見が遅れたことについて原告のみを責めることもできないこと、〔2〕予定表の紛失は一過性のものであり、原告の管理職としての能力・適性を全く否定するものとは断じ難いこと、〔3〕近時、被告において降格は全く行われておらず、また、〔4〕原告は婦長就任の含みで被告に採用された経緯が存すること、〔5〕勤務表紛失によって被告に具体的な損害は全く発生していないこと等の事情も認められるのであって、以上の諸事情を総合考慮すると、本件においては、被告において、原告を婦長から平看護婦に二段階降格しなければならないほどの業務上の必要性があるとはいえず、結局、本件降格はその裁量判断を逸脱したものといわざるを得ない。
 なお、被告は、他に、原告の、(1)職場放棄、(2)部下への差別、(3)新入職員に対する退職勧奨やいじめ、(4)給与に対する職員への挑発行為、(5)肥満型の看護婦に対してデブと発言し、いじめたこと、(6)原告が在職ゆえに他の看護婦が離職していること、(7)婦長としての管理業務を怠っていること、(8)病院の改善を進言する他の看護婦の発言に対し聞く耳を持たないこと、(9)永年勤続の主任看護婦に対して嫌がらせの発言をしていること、(10)昼休みに患者にもらったお金でカラオケに行っていること等の事実を主張し、これらについても本件降格の理由である旨主張しているけれども、被告の右主張にかかる事実は、それ自体、時期や内容等が漫然としたものであるばかりか、右事実を認めるに足る格別な証拠もなく、また、被告自身も、予定表の紛失が問題になる以前には、原告を降格する旨の具体的な話はなかった旨自認しているのであるから、被告の右主張は採用することができない。
 以上のとおりであるから、本件降格は無効・違法なものである。
〔解雇-解雇と争訟〕
 二 民法六二八条但書に基づく損害賠償請求の当否
 原告は、民法六二八条但書を根拠に、定年までの賃金相当額の逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の請求をしているが、民法六二八条は「当事者が雇傭の期間を定めたるときといえども、やむことを得ざる事由あるときは各当事者は直ちに契約の解除をなすことを得。但し、その事由が当事者の一方の過失に因りて生じたるときは相手方に対して損害賠償の責めに任ず」と即時解雇について規定しているのであって、同条但書の規定する損害賠償請求を肯定するためには、即時解雇につきやむを得ない事由の存するほか、相手方に過失の存することを要し、また、右損害賠償請求における損害の範囲も、予告期間をおきえずに即時に解雇したことによる損害に限られるものと解される。
 前記の事実に照らせば、本件においては、原告に、民法六二七条の予告解除の規定によらずして、即時解雇を行わなければならない「やむを得ない事由」が存するとは認めることができず、また、原告に即時解雇ゆえに生じた損害も認められないから、他に格別の主張立証のない本件においては、原告の右請求は理由がない。