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ID番号 07113
事件名 公務災害認定外裁決取消請求控訴事件
いわゆる事件名 地公災基金愛知県支部長・市立小学校教諭事件
争点
事案概要  先天的な血管腫様奇形の素因を有していた市立小学校教諭が、ポートボールの練習試合の審判中に意識不明となりその後死亡したケースで公務起因性が否定された事例。
参照法条 地方公務員法45条1項
地方公務員災害補償法24条1項
地方公務員災害補償法31条
地方公務員災害補償法45条1項
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1998年3月31日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行コ) 5 
裁判結果 原判決取消、棄却
出典 タイムズ979号262頁/労働判例739号71頁
審級関係 上告審/最高三小/平 8. 3. 5/平成4年(行ツ)70号
評釈論文 西村健一郎・月刊ろうさい50巻3号4~9頁1999年3月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 (一) 前示のとおり、特発性脳内出血開始後の血腫の増大ないし大出血は、通常、当初の小出血に基づく血腫の半凝固化、出血に起因する浮腫や腫脹等による還流障害によって、奇形血管の拡張、急激な透過性亢進を引き起こし、これが極限に達して血管が次々に破裂し、大血腫を形成する、という病態生理学的過程であると認めるのが相当であり、その意味では、通常の場合には、血圧ないし血圧の上昇が血腫増大ないし大出血の「原因」であるとはいえない。
 しかし、全身血圧の上昇が、血腫の増大にいかなる意味でも全く関与しないとまで断定することは相当ではないから、本件において、医学的経験則を踏まえ、出血開始後において正孝が公務に従事せざるを得ず、安静にしていることができなかったことにより、全身血圧、ひいては脳内の血圧を上昇させるなどし、これが原因ないし引き金となって、右のような血腫増大の機序における血管病変が自然的経過を超えて増悪し、死亡の原因となる重篤な血腫の増大が引き起こされたと認められるときは、公務に内在する危険が現実化したものとして、公務と右血腫の増大との間に相当因果関係があり、右血腫の増大について公務起因性があると認めるのが相当である。
 そして、前記認定の事実によれば、Aは、当日朝から体調の異変に気付きながら、授業等を行っており、また、同人は、ポートボールの練習指導の中心であり、他に適当な交代要員がいないため交代が困難であったことから、やむを得ずポートボールの審判に当たったことが認められるから、同人は、体調の異変に気付いた後も、直ちに安静にすることが困難で、引き続き公務に従事せざるを得なかったということができる。したがって、本件においては、結局、Aが体調の異変に気付いた後の公務の遂行が、前記のような意味で死亡の原因となった重篤な血腫の増大を引き起こしたといえるかどうかを検討することになる。
 (二) また、本件において、Aが、前記の当日午後二時一〇分ころの大出血の前にもし診察、治療を受けていれば、同人が死亡するに至らなかったとすれば、同人の死亡は、午前中に脳内出血が開始し、体調不調を自覚したにもかかわらず、直ちに診察、治療を受けることが困難であって、引き続き公務に従事せざるを得なかったという、公務に内在する危険が現実化したことによるものとして、公務と右血腫の増大との間に相当因果関係があり、右血腫の増大について公務起因性があると認めることができる。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 特発性脳内出血開始後の血腫の増大の機序に照らすと、Aの血腫増大のプロセスは、数時間にわたる病態生理学的過程であると認められること、当日Aがポートボール審判において身体を動かしていたのは、延べにして試合開始からハーフタイムまでの高々十数分ないし二〇分程度の間であって、この運動時間は、右の数時間にわたる血腫増大の病態生理学的過程における極めてわずかの一局面に過ぎないこと、そして、本件のポートボール審判開始時においては、すでに大出血直前の病態生理学的状態にあったと推認できることなどの事情をも併せ考慮すると、本件ポートボール審判による負荷が、同人の全身血圧を上昇させるなどし、血腫増大の機序における血管病変を自然的経過を超えて増悪させたことにより、死亡の原因となった血腫の増大ないし大出血を引き起こしたと認めることはできず、Aの特発性脳内出血の血腫の増大は、同脳内出血の通常の病態生理学的機序の範囲内の経過をたどって発生したものと認めるのが相当である。
 したがって、右血腫の増大ないし大出血は、公務に内在する危険が現実化したものとはいえず、右公務起因性があるということはできない。
 3 治療機会の喪失について
 (一) 被控訴人は、大出血発生前に医師の診療を受けていれば、脳内出血等の病変を疑われ、早期治療や安静確保により、重篤な血腫の形成を避けることができたと主張する。
 (1) 前示のように、本件特発性脳内出血発症当日の朝からポートボール審判をするに至るまでの間において、Aには、学校で疲れた様子を見せ、顔色がすぐれず、頭を押さえるようなしぐさも見られたこと、また、口数が少なくなり、話しかけられても、それに応答するのがおっくうな様子がうかがわれたこと、審判中も、疲れた様子を見せていたことなどの事情があったことが認められる。
 右の事実に《証拠略》を併せると、当日Aの示した症状は、脳血管障害を示唆するような特異的な症状ではなく、非特異的な症状であること、当日周囲の同僚教諭、児童らも、Aの体調が悪いことは認識していたものの、認証状作成や、自動車運転等を含め、通常の公務をこなしていたことなどから、Aが異常な状況にあるとは誰も感じとっていなかったこと、そこで、同人が受診するとしても、当時は内科で受診した可能性が最も高く、その場合は、同人の症状から、通常医師は風邪か肝臓の障害を疑い、そのための検査をし、場合によってはビタミン剤等を投与し、暫く様子を見るという程度の措置をとった可能性が最も高いこと、以上の事実を認めることができる。
 なお、医師に受診した場合、当時でも、脳神経外科医に受診することになる可能性も全くは否定できないが、《証拠略》によれば、患者が脳神経外科で受診するのは、そのほとんどが脳の病変を示唆する特異的な神経症状が発現してからであることが認められるから、Aの場合、当日同人が医師に受診することになった場合でも、脳神経外科において受診することになった可能性は極めて低いというほかはない。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 したがって、当時Aが、ポートボール審判等の公務に従事したことにより診察、治療の機会を喪失し、これにより死亡するに至ったものと認めることはできず、この点からAの死亡に公務起因性があると認めることはできない。