全 情 報

ID番号 07142
事件名 休業補償給付不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 教育出版北九州西労基署長事件
争点
事案概要  書籍販売会社の営業部次長が発症した脳内出血は、営業部員を深夜近くまで指導監督する極度のストレスと疲労の蓄積によるものであるとして、療養補償の不支給処分の取消しを求めて争った事例(請求認容)。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8第2項
労働者災害補償保険法13条
労働者災害補償保険法14条
労働者災害補償保険法35条
体系項目 労災補償・労災保険 / 審査請求・行政訴訟 / 審査請求との関係、国家賠償法
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1998年6月10日
裁判所名 福岡地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (行ウ) 9 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例741号19頁
審級関係
評釈論文 和田健・平成11年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1036〕378~379頁2000年9月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 原告の従事した営業部次長の業務は、毎日、売上高を伸ばせと命令する営業本部長である社長と、売上高をどうやって伸ばすかと悩む営業部員との中間に立って、深夜近くまで頭を悩ませ、営業部員を指導監督する業務であり、精神的に極度のストレスと疲労を蓄積させる業務であった。ことに、本件発症に至る一か月間は、右に加え、部下の営業課長が営業部員を引き抜いて同業の別会社を設立する動きを封ずるため、連日会議を開くなどの対策に追われ、かつ、本件発症一四日前からは、営業部員二五名中課長を含む九名が退職し、同業別会社を設立したことに対する善後策に追われ、精神的に極度のストレスと疲労を蓄積させた。原告は、右労働に従事したことにより極度のストレスと疲労を蓄積させ、疲労困憊した中で、右脳内出血に罹患したというべきである。
 3 本件発症前一年間の原告の残業時間は毎日約五時間であり、通常一日一三時間三〇分(昼食と夕食に各三〇分を差し引くとして、実質一二時間三〇分)の拘束となる。原告が終礼終了後に営業部員を伴って飲酒するのも社長の指示によるもので、業務の延長というべきものであるから、これを含めると、本件発症に至る一か月間の原告の残業時間は毎日約七時間であり、通常一日一五時間三〇分(実質一四時間三〇分)の拘束となっており、原告の営業部次長の労働は量的に極めて過重であったということができる。
 4 業務による精神的、肉体的負担によるストレス以外に他に本件発症の原因となるものは証拠上認められない。
 A医師は原告の多量飲酒習慣及び不規則な日常生活が本件発症に関係したと意見を述べるが、飲酒の大半は営業部員を伴ってのもので業務の延長というべきものであるし、不規則な日常生活と評しうるものがあったとしても、それは原告の過重な業務のしわ寄せともいうべき面があり、いずれも業務と関係がないものではない。
 5 そうすると、原告の右脳内出血は原告の高血圧症の基礎疾患の増悪が主たる原因であるが、これとともに、原告の従事した営業部次長の過重な業務が原告の高血圧症の基礎疾患を自然経過(加齢、一般生活等で生体が受ける通常の要因による基礎疾病の経過)による増悪を超えて増悪させた結果であり、原告の従事した営業部次長の過重な業務に内在する危険が現実化して発症の結果を招いたものということができる。
 6 この点、被告労基署長は、原告の本件発症が自然的経過内のものである旨主張する。しかしながら、原告がその労働との関連なしに当然に本件脳内出血を発症したことを客観的に裏付けるものは見当たらないし、また、今日の医学的知見によれば、脳出血が労働関連性のある疾患であると認められていること、血圧そのものが労働により上昇すること、高血圧の患者は正常者よりもストレスによる血圧上昇をもたらしやすいことなどがそれぞれ認められていることに鑑みれば、原告の従事した過重な業務が原告の疾病の自然的経過を超えて増悪させる上で悪影響を与え、本件発症につながったと解することが経験則にも合致するものであるから、同被告の主張は採用できない。
 五 以上の認定によれば、原告の右脳内出血は業務上の疾病に該当し、被告労基署長の業務外の認定は事実の認定を誤っており、本件不支給処分は違法であって、取り消されるべきである。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-審査請求との関係、国家賠償法〕
 一 被告審査官の関係について
 原告は、被告審査官の原告の審査請求を棄却する決定は、B医師による鑑定意見を採用せず、C医師の意見を意図的に取ったものであって、審査官の権限を濫用したものであり、決定に固有の瑕疵があると主張するが、いずれの医師の意見書を採用し、いずれを不採用とするかは審査官の裁量に委ねられているところであり、被告審査官に権限を濫用した瑕疵があるとは認められない。他に右決定を取り消すべき事由は見当たらない。したがって、同被告に対する原告の請求は理由がない。
 二 被告審査会の関係について
 原告は、被告審査会の原告の再審査請求を棄却する裁決はB医師によるC意見の当否を含む再鑑定処分の申立てを採用しなかった点において固有の瑕疵があると主張するところ、鑑定をするか否かは当該審査会の裁量に委ねられているのであって、B医師による再鑑定処分の申立てを採用しなかったとしても、被告審査会の裁量の範囲内であって、同被告の裁決に固有の瑕疵はないというべきである。他に右裁決を取り消すべき事由は見当たらない。したがって、同被告に対する原告の請求は理由がない。