全 情 報

ID番号 07159
事件名 地位確認請求事件
いわゆる事件名 大通事件
争点
事案概要  「会社辞めたる」という労働者の発言につき、辞職の意思表示か否かの認定は慎重に行なうべきとして、右発言を辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みと解された事例。
 労働者の発言等を理由とする解雇につき、企業秩序に重大な影響を与える行為ないし信頼関係を維持することができない事由に当たり、解雇権の濫用ともいえず有効とされた事例。
参照法条 民法1条3項
労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 人格的信頼関係
退職 / 合意解約
裁判年月日 1998年7月17日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 6775 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例750号79頁/労経速報1686号20頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-合意解約〕
 1 原告による退職の意思表示について(争点1)
 労働者による一方的退職の意思表示(以下「辞職の意思表示」という。)は、期間の定めのない雇用契約を、一方的意思表示により終了させるものであり、相手方(使用者)に到達した後は、原則として撤回することはできないと解される。しかしながら、辞職の意思表示は、生活の基盤たる従業員の地位を、直ちに失わせる旨の意思表示であるから、その認定は慎重に行うべきであって、労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである。
 かかる観点から原告が平成八年八月二六日にしたA常務に対する言動を見るに、原告は、「会社を辞めたる。」旨発言し、A常務の制止も聞かず部屋を退出していることから、右原告の言動は、被告に対し、確定的に辞職の意思表示をしたと見る余地がないではない。しかしながら、原告の「会社を辞めたる。」旨の発言は、A常務から休職処分を言い渡されたことに反発してされたもので、仮に被告が右処分を撤回するなどして原告を慰留した場合にまで退職の意思を貫く趣旨であるとは考えられず、A常務も、飛び出して行った原告を引き止めようとしたほか、翌八月二七日にもその意思を確認する旨の電話をするなど、原告の右発言を、必ずしも確定的な辞職の意思表示とは受け取っていなかったことが窺われる。したがって、これらの事情を考慮すると、原告の右「会社を辞めたる。」旨の発言は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかなものではあるとは言い難く、右原告の発言は、辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みであると解すべきである。
〔解雇-解雇事由-人格的信頼関係〕
 原告は、平成八年八月二三日に、重要な取引先であるB会社の従業員に対し、同人に明確な落ち度もないにもかかわらず、自らの思い込みから、「殺したろか。」等の暴言を吐いて脅迫し、同社の設備である流し台を蹴って破損させたうえ、同社の管理職らに対しても「上司が上司なら部下も部下や。」などと誹謗する発言をし、右原告の言動を重く見た被告が、原告に対し、休職処分を言い渡したのに対し、「会社辞めたる。」と言って飛び出し、右休職処分に従う意思のないことを明確にし、翌日は出勤しないという行動に出たことは、いずれも、被告の企業秩序に重大な影響を与える行為ないし被告との信頼関係に重大な影響を与える行為であり、これに加え、原告が、いったんは退職の申込みをしたことをも考慮すれば、被告が、もはや原告との雇用関係を維持することができないと考えたことは、やむを得ないことであるといわなければならない。
 そして、原告が被告に雇用されていた期間は一年六か月余りに過ぎないこと、原告はまだ三〇歳代前半であり、大型免許及びフォークリフトの免許を有し、再就職も困難ではないことをも併せ考慮すると、原告は、入社以来、おおむねまじめに勤務しており、過去に処分歴もないこと、原告は、退職の意思表示を遅くとも二日後には撤回し、社長に謝りたいと申し出るなど反省の態度を示したこと、被告にはB会社の他にも、フリーの運転手を始め他に職種があること等を考慮しても、本件解雇が社会通念上著しく相当性を欠くものであるとまではいえないというべきである。
 したがって、被告による解雇の意思表示(遅くとも、平成八年九月五日に行われたもの。)は、解雇権の濫用となるものではなく、有効である(なお、被告は、右解雇の意思表示において、原告が休職処分に従わなかったことについて何ら言及していないけれども、普通解雇が解雇権濫用に該当するか否かの判断に当たっては、解雇時に存在した事情は、たとえ使用者が認識していなかったとしてもこれを考慮することが許されるというべきであるから、本件解雇の効力を判断するに当たり、原告の休職処分に対する態度を考慮することは当然に許されるというべきである。)。