全 情 報

ID番号 07205
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 鹿島建設事件
争点
事案概要  第二次世界大戦中に中国から強制連行され、強制労働及びこれに伴い虐待を受け、肉体的、精神的被害を被ったとして、不法行為及び債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償請求につき、不法行為の主張については除斥期間を理由に、また安全配慮義務違反については事実上の支配ないし管理関係があるにすぎないとして棄却された事例。
参照法条 労働基準法5条
民法415条
民法709条
民法710条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 強制労働
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 1997年12月10日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 12631 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 タイムズ988号250頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-強制労働〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 一 不法行為に基づく請求について
 1 原告らのハーグ条約等違反の主張は、結局、被告による本件労働者の花岡出張所への強制連行及び同出張所での労働強制等が本件労働者の権利侵害にあたるとの民法上の不法行為(使用者責任)の主張であると解されるところ、原告ら主張によれば、最も中国への帰国の遅い原告Xにおいても昭和二三年三月には被告による日本への強制連行という状態から脱しているというのであるから、原告ら主張事実自体から、遅くとも昭和二三年三月末日の時点において、原告ら主張にかかる被告による強制連行、労働強制等の不法行為が終了していたこととなる。
 2 民法七二四条後段は、不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、被告の原告らに対する不法行為終了から本訴が提起された平成七年六月二八日までに既に四七年が経過しているから、原告ら主張の不法行為に基づく損害賠償請求権は、除斥期間(二〇年)の経過により消滅したというべきであり、原告らの右請求には理由がない。
 3 なお、原告らは、第二の一3(一)(3)のとおり被告が法的責任を認める旨の共同発表を行ったことや被告の不法行為が戦争犯罪であり残虐性が高いこと等の事実に照らせば、被告が除斥期間経過による利益を受けることを放棄したと解すべきであるし、本訴において除斥期間の適用による利益を受けるのは権利の濫用である旨主張するが、除斥期間は、その性質上、援用ないし放棄の観念を容れる余地はないものと解すべきであるから(最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)、右主張は失当である。
 4 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの不法行為に基づく損害賠償請求には理由がない。
 二 原告らの債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく請求について
 1 安全配慮義務とは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるものである(最高裁昭和四八年(オ)第三八三号同五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)。
 ところで、右にいう特別な社会的接触の関係の前提としての「法律関係」の意義について本件のような労務提供の場面に即して検討するに、安全配慮義務は当事者の意思に関わりなく信義則上認められるものではあるけれども、労務提供に関して使用者の被用者に対する安全配慮義務が認められる根拠が労務指揮権等使用者が労働者の労務を受領し得る正当な法的地位の存在に求められ、これに付随する義務として信義則上一定の内容が具体的な安全配慮義務として要求されるものであることからすれば(前記最高裁昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決、最高裁昭和五八年(オ)第一五二号同五九年四月一〇日第三小法廷判決・民集三八巻六号五五七頁参照)、右の「法律関係」が認められるためには、当該労働者が当該使用者の指揮監督の下に労務に服すべき明らかな契約関係があること、又は少なくともそれに準ずる直接の契約関係を観念し得る法律関係があることを要すると解すべきである。
 2 原告らは、事実上の支配ないし管理関係があるにすぎないところにも「特別の社会的接触関係」の前提たる「直接の契約関係に準ずる法律関係」が観念でき、安全配慮義務が認められる場合があると窺われるような主張をしている(第二の一3(二)(2))が、1で述べたとおり、右主張は採用できない(原告らが前記主張箇所で指摘する下請労働者に対する元請企業の安全配慮義務を認めた裁判例については、少なくとも右のような法律関係を観念し得ないような場面についても「特別の社会的接触の関係」にあるとして債務不履行責任を肯定した趣旨と理解すべきものではない。)。
 3 原告らが安全配慮義務の発生根拠として主張する「法律関係」は、結局において被告による中国からの強制連行及び花岡出張所における強制労働という支配の事実にすぎず、いずれも本件労働者が被告に対して何ら労務提供の意思を有しなかったことを前提にするものであるが、それが不法行為規範における義務違反の内容としての条理上の義務についての主張ということであればその趣旨を理解し得るものの、そのような義務の違反については除斥期間によって消滅したことは一で説示したとおりであるし、それが不法行為責任とは峻別された債務不履行規範における安全配慮義務違反についての主張ということであれば、被告と本件労働者との間の直接の契約関係ないしこれに準ずる法律関係についての的確な主張ということはできず、いずれも採用することはできない。
 4 次に、原告らは、被告と華北労工協会との間の「労工」供出契約が第三者のためにする契約であり、本件労働者(第三者)の受益の意思表示の結果、被告には右供出契約に基づく安全配慮義務が生ずるとも主張しているので、この点につき検討する。
 ところで、第三者のためにする契約とは、その法律効果の一部を第三者に帰属させるという内容の契約であり、当該契約における第三者のためにする約旨の存在が、第三者がその契約に基づき直接その契約当事者(諾約者)に対して特定の権利を取得するための要件であるというべきである(最高裁昭和四〇年(オ)第一三九九号同四三年一二月五日第一小法廷判決・民集二二巻一三号二八七六頁参照)。しかしながら、原告ら主張によれば、華北労工協会(要約者)と被告(諾約者)との間の右供出契約は、同協会が中国人を斡旋供出し、被告が華北労工協会に対し「募集費」を支払いこれを使用するというものであり、右判例の判示するところに従って検討すると、右供出契約の文言から第三者である本件労働者に取得させる権利及び本件労働者に権利を取得させるとの約旨ありとすることができない(この点、甲第四号証を検討しても、別異に解すべきものではない。)。のみならず、右供出契約が当時の日本政府の指導の下で合法性の外形を作出するために締結されたに過ぎないものであるとの原告らの主張に照らせば、右供出契約をもって本件労働者に被告に対する安全配慮義務履行請求権を直接取得させるとの約旨を黙示的に規定したものであるとも解することはできないというべきである。
 さらに、原告らの主張によれば、本件労働者による受益の意思表示は、右供出契約による労務提供の負担も一括して甘受するとの趣旨をいうものではないことが明白であるから、この点、受益の意思表示について的確な主張がなされているということもできない。
 したがって、右供出契約をもって安全配慮義務の発生根拠とする主張は失当である。
 5 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの債務不履行に基づく請求には理由がない。