全 情 報

ID番号 07259
事件名 未払手当等請求事件、損害賠償請求事件
いわゆる事件名 東久商事事件
争点
事案概要  時間外労働の時間数が正確に計算できない本件につき、原告の書証記載の時間残業したものとして、割増賃金の支払が命ぜられた事例。
 法内残業についても、時間外労働手当の支払をせよとされた事例。
 出張中のセクシャルハラスメントを理由とする損害賠償請求につき、旅館に一部屋しか用意せず、「一緒に寝ればいい」と発言したことは不謹慎なものではあるが、不法行為になるとまではいえないとされた事例。
参照法条 労働基準法37条1項
民法709条
民法710条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
賃金(民事) / 割増賃金 / 法内残業手当
裁判年月日 1998年12月25日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 8075 
平成9年 (ワ) 323 
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労経速報1702号6頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 原告は、被告会社に勤務していた期間、相当時間の残業をしていたことは明らかである。被告会社はこれを否定し、被告Y本人も一部これに沿う供述をするが、一方、同人の供述によれば、被告会社にはタイムカードその他従業員の出退勤時間を管理するものはなく、被告Yも通常夕方には会社を出て営業活動に出かけるためその後の従業員の勤務状況を知る立場になかったことが明らかであるから、被告Yが、従業員の残業の実態を把握していたとは到底認められない。また、被告Yは、従業員に対し午後六時には帰るように指示していたと供述するが、従業員の残業を禁じた形跡は認められないのであって、むしろ、被告Yの息子が原告が午後八時ころまで残っているのを目撃したことがあったことは被告Y自身認めているところであるし、(書証略)のファックス送信時間の記録を見ても、午後七時半ころに被告会社と取引先との間でファックスのやりとりが行われていたことが認められるのであって、被告会社において残業が行われていなかったとは到底いいがたい。
 もっとも、原告が相当時間残業していたことが認められるものの、原告がその時間数を示すものとして提出するのは、原告が退職後に作成した(書証略)のみであって、正確な時間を認定するに足りる客観的な証拠は存在しない。しかしながら、原告本人によれば、(書証略)は、メモに基づいて勤務状況を思い出しながら、通常勤務日、バイヤー来日前、バイヤー来日中、海外出張中などのパターンごとに均一時間数残業したものとして作成されたものであって、(書証略)及び原告本人によれば、それぞれの時間数には一応の根拠があることが認められ、他方で、これらの記載の信用性を疑わせる積極的な証拠は存在しない(なお、被告は、原告は平成七年四月一〇、一一日に欠勤していた旨主張し、これに沿う(書証略)も存在するが、(書証略)には、原告が同日ファックス返信をした形跡もあり、また、原告本人によれば原告が日中席にいないことも多かったことが認められるから、右証拠によって原告が四月一〇日に欠勤していたものと認めるのは困難である。このことは、(書証略)についても同様である)。また(書証略)は、いずれも一定の期間については毎日同一の時間数が記録されており、これが実体を正確に反映しているとはいい難い面は否定できないものの、被告会社が従業員の出退勤の管理をしていなかったことを考慮すると、ある程度平均化された大雑把な捉え方になるのもやむを得ないところである。また、そもそも、正確な労働時間数が不明であるのは、出退勤を管理していなかった被告会社の責任であるともいえるのであるから、正確な残業時間が不明であるからといって原告の時間外割増賃金の請求を棄却するのは相当でない。これらの事情を考慮すると、本件では、(書証略)に記載された時間原告が残業したものとして、割増賃金額を算定するのが相当である。〔中略〕
 二五三万八五二六円となる(計算方法は、別紙2と同様の計算によるが、原告の別紙1記載の時間数のうち、NO6-11に週間法定労働超過時間数として一時間二〇分との記載がある点については、なぜ二〇分の超過時間が生ずるのか判然としないので、この二〇分は計算から除外した。また、別紙2の平成六年一一月一日から同年一二月三一日までの通常日の超過勤務時間数は、(書証略)によれば一七七時間であると考えられるから、一七七時間で計算した)。
〔賃金-割増賃金-法内残業手当〕
 なお、原告の請求する時間外割増賃金には、いわゆる法内超勤部分が含まれるが、被告会社においては勤務時間及び休日の定めがあり、被告Y本人尋問の結果を総合すると、被告会社は、これら所定労働時間を超えて残業した場合には残業手当を支払うべきことを自認しているものと解されるから、被告会社は、法内超勤部分についても割増賃金の支払義務があるというべきである。
〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 A旅館において部屋が一部屋しか用意されていなかったことは認められるものの、これが被告Yの故意によるものであると断定することはできないというべきである。この点、原告本人は、被告Yと駅前ロータリーでタクシーを降り、観光案内所に行ったが閉まっていたので、徒歩で旅館を探し、チェックインは被告Yがした旨供述し、被告Y本人は、タクシーの運転手が旅館を探し、運転手が旅館から出て来た後に原告を伴って旅館に入ると、仲居に直ちに部屋に案内された旨供述する。この両者の供述を比較すると、原告本人の供述は、会社の社長が従業員を伴って旅館を探す際の行動としてはいささか不自然であるうえ、(書証略)(原告の陳述書)に「タクシーでA旅館に乗りつけた」と記載されていることとも矛盾するのに対し、被告Y本人の供述する内容は、不自然な点がより少ないと考えられる。また、被告Yが原告の抗議により簡単にもう一部屋取っていること、原告と部屋で二人だけで食事をした際も含め、その後原告に対し同種の行為に出た形跡が全くないことは、被告Yが故意に一部屋しか取らず、原告に同室での宿泊を強要したとすればやや不自然である。これらの事情を考慮すると、被告Y本人が供述するように、旅館側が一部屋しか用意しなかったため、これに乗じた被告Yが、原告に対し、冗談で「ここで一緒に寝ればいいがな」と発言したと解するのが相当である。
 右被告Yの発言は、たとえ冗談のつもりであったとしても、その場の状況及び社長と一社員という両者の関係を考慮すると、極めて不謹慎な発言であり、これにより原告が不快感ないし不安感を催したことは容易に想像できることであるが、前述したような経緯に照らせば、これが不法行為になるとまではいい難いというべきである。