全 情 報

ID番号 07282
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 全日本空輸事件
争点
事案概要  傷害容疑により逮捕・起訴された機長資格操縦士に対する起訴休職処分につき、本件では、原告が引き続き就労することにより、会社の対外的信用、職場秩序に対する障害及び労務の継続的な給付についての障害を生じるおそれはないとして、本件起訴休職処分が無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条9号
体系項目 休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
裁判年月日 1999年2月15日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 16844 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例760号46頁/労経速報1708号3頁
審級関係
評釈論文 勝亦啓文・労働法律旬報1480号10~17頁2000年5月25日/大内伸哉・ジュリスト1180号88~91頁2000年6月15日/中内哲・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕86~87頁/藤内和公・平成11年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1179〕214~215頁2000年6月
判決理由 〔休職-起訴休職-休職制度の合理性〕
〔休職-起訴休職-休職制度の効力〕
 被告の就業規則三七条五号及び三九条二項は、従業員が起訴されたときは休職させる場合があり、賃金はその都度決定する旨を定めている。このような起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにあると認められる。したがって、従業員が起訴された事実のみで、形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、起訴された従業員が引き続き就労することにより、被告の対外的信用が失墜し、又は職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、あるいは当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、また、休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないことを要するというべきである。
 (一) 本件について、まず、原告の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるか否かを検討するに、原告は、本件刑事事件につき、本件休職処分がされた時点で身柄の拘束を受けていたわけではなく、公判期日への出頭も有給休暇の取得により十分に可能であったと認められるから、原告が労務を継続的に給付するにあたっての障害は存しないものと認められる。
 他方、被告の業務は、航空機の運行であるため、絶対的な安全性が要求されるものであり、また、機長は、安全運行の直接の責任者であるから、高度の精神的安定性及び責任感が要求されるものと認められ、私生活上の問題であっても、それだけで職務と一切無関係であるということはできないといえる。そして、運行乗務員のストレスや感情昂進といった心理的影響が運行の安全に支障をきたす可能性のあることが認められ(〈証拠略〉)、原告とAとの男女関係に関し、原告に家庭内不和によるストレスを生じる可能性があり、また、本件刑事事件において無罪を主張して争うことにより一定のストレスや感情昂進を生じる可能性のあることも認められるが、本件休職処分の時点では、原告が逮捕されて略式命令を受けた日から約一か月を経過していることからして、これらが運行乗務員に日常生じる可能性のあるストレスや感情昂進の程度を超えて安全運行に影響を与える可能性を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるものとは認められない。
 (二) 次に、本件刑事事件の係属にもかかわらず、原告を業務に従事させることが被告の対外的信用を失墜し、又は職場秩序の維持に障害が生じるおそれがあるか否かを検討する。前記前提となる事実及び証拠により認定した事実によれば、被告の営む事業は定期航空運送事業であり公共性を有すること、平成八年四月二二日に警察官が被告東京空港支店に臨場して捜索を行ったこと、同月二四日及び二五日に被告広報室に報道機関三社から原告の逮捕について取材が行われ、もし、傷害で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるということになれば安全上のことも含めて会社の常識を問わざるを得ない等と述べた記者がいたこと、平成八年一〇月と同年一二月に二つの週刊誌に本件の記事が掲載されたことが認められる。しかしながら、他方、証拠によれば、本件刑事事件の公訴事実の内容は、安静加療一〇日間を要する頚部捻挫等の傷害で、その態様も手で被害者の肩を掴んで引き倒すというものであり、原告は当初罰金一〇万円の略式命令を受けたものであり、本件休職処分の時点で本件刑事事件の内容は、略式命令で終了する事案であることが明らかとなっていたこと、本件は被告の業務とは、時間・場所・内容とも関係のない、いわゆる男女関係のもつれが原因で生じたものであり、マスコミからの取材も、平成八年四月二五日より後は、同年九月に週刊誌記者が取材をするまで途絶え(人証略)、四月二四日、二五日に取材した新聞社等も結局原告の逮捕について報道せず、原告の逮捕事実については、新聞社及びテレビ局も、報道することが相当な公益にかかわる事件ではないと判断したものと認められる。
 また、被告は、被告に勤務する他の客室乗務員は、元の同僚に暴力をふるった機長の下で乗務しても、信頼関係の維持が困難となり、安全運行に悪影響が生じる旨主張し、これに沿う証拠も存在するが(〈証拠略〉)、客室乗務員は専門的職業意識に基づき自らの業務を遂行するもので、本件刑事事件の公訴事実のごとく、被告の業務外の時間・場所で生じ、内容としても男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルによって、機長との信頼関係が維持不能な状況となることを認めることはできない(人証略)。
 そして、本件刑事事件が仮に有罪となった場合に原告が付される可能性のある懲戒処分の内容も、公訴事実記載の状況に至るまでの前記認定事実からすれば、解雇は濫用とされる可能性が高く、他の懲戒処分の内容も、降転職は賃金が支給され、出勤停止も一週間を限度としており、減給も賃金締切期間分の一〇分の一を超えないとされていることと比較して、無給の本件休職処分は著しく均衡を欠くものというべきである。
 また、そもそも、本件公訴事実についてはいったん略式命令がされたのであるから、原告が正式裁判を求めなかったとすれば、刑事事件は係属しないから、被告が原告に対して起訴休職処分をなす余地はなかったのである。
 そうすると、これらの事実を総合すれば、本件休職処分は、原告が引き続き就労することにより、被告の対外的信用の失墜、職場秩序維持に対する障害及び労務の継続的な給付についての障害を生ずるおそれがあると認められないにもかかわらずされたものとして、無効なものというべきである。