全 情 報

ID番号 07410
事件名 療養補償給付等不支給決定取消請求事件
いわゆる事件名 川口労働基準監督署長事件
争点
事案概要  建設の完成に必要な仕事について全て外注方式を採用していた建設会社Aから、仕事が途切れないようなかたちで順次依頼された建物の建築における木工事に従事し、坪単価に工事面積を乗じて報酬が定められ、労務提供の実績に応じて報酬が支払われていたいわゆる手間請け従事者で一人親方たる大工X(以前は一人親方として労災保険に特別加入していたが、その後脱退して民間保険に加入していた)が、Aから依頼された仕事を工期までに完成すること等が指示されている以外、具体的作業方法等については特段指示されず、勤務時間及び労務提供の量及び配分も自己の判断に従い、Aの負担する作業道具を主に使用して業務を遂行していた(なお、仕事の依頼についても建築場所が遠方であることを理由に断ることが可能であり、また工期に遅れない限り他社の仕事をすることも許容されていた)ところ、Aの工事現場で作業中に一階屋根上から墜落し、脊髄損傷の傷害を受け、入院治療及び職業訓練を受けたため、川口労働基準監督署長Yに対し、療養補償給付及び休業補償給付を請求したが、不支給の決定がなされ(審査請求及び再審査請求も棄却)たことから、右処分の取消しを請求したケースで、機械器具等の負担関係において事業者性を弱める事実があり、ある程度の専属性があるが、仕事の依頼等に対する諾否の自由を有し、業務遂行上の指揮監督を受けず、拘束性・報酬の労務対償性がなく、報酬額も高く、労務代替性があること等から、Xは労災保険法上の労働者に該当せず、本件処分は適法であるとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法9条
労働者災害補償保険法7条1項1号
体系項目 労災補償・労災保険 / 労災保険の適用 / 労働者
労働契約(民事) / 成立
裁判年月日 1998年3月30日
裁判所名 浦和地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行ウ) 24 
裁判結果 棄却(確定)
出典 訟務月報45巻3号503頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
〔労働契約-成立〕
 労災保険法上は、その適用を受ける労働者を定義する規定はないが、同法一二条の八第二項は労働者に対する保険給付は労基法に規定する災害補償の事由が発生した場合にこれを行うと定め、労基法八四条一項は同法の規定する災害補償につき、労災保険法に基づいて給付が行われるときは、使用者は補償の責を免れると定めている。そこで、このような労働者の災害補償に関する制度の内容・関係からすれば、労災保険法は、労基法第八章「災害補償」に定められた使用者の労働者に対する災害補償責任を填補する責任保険に関する法律として制定されており、したがって、労災保険法にいう労働者は、労基法にいう労働者と同一であると解するのが相当である。
 そして、労基法九条は、同法における労働者とは、職業の種類を問わず、同法八条の事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいうと定めており、右規定と同法一一条の賃金及び同法一〇条の使用者の定義を合わせ考えると、同法上の労働者とは、使用者の指揮監督の下に労務を提供し、使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者をいうのであって、すなわち、使用従属性を有する者あるいは使用従属関係にある者を意味するものと解される。
 そして、この使用従属関係の存否は、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務時間及び勤務場所についての拘束性の有無、労務提供についての代替性の有無、業務上の器材の負担関係、報酬の性格、従属性の程度、労働保険等の適用関係、公租などの公的負担関係など諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきである。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
 1 A会社は、木造住宅の建築等を目的とする会社であり、従業員は約四〇名で、管理部門の外、事務職員、現場監督、営業担当者等がいる。一棟の建物を完成するには、二二、三の業種が必要であるが、A会社は、これらの仕事について、その職種の従業員を雇用しておらず、すべて外注の方式を採っており、本件事故当時、木工事について、継続的にA会社の仕事をする大工は、二六名いた(以下、これらの大工を「訴外大工ら」という。)。なお、A会社のサービス部門には木工事の経験者が四名位いるが、同人らは、建物引渡前の下駄箱の取り付け等の簡単な工事及び引渡後の簡単な補修木工事を行っていた。
 2 原告は、昭和五四年ころからA会社の木工事をするようになり、木造家屋の建前から完成までの大工の仕事をし、一か年三ないし五棟の木工事をしていた。A会社は、長年仕事をしている大工には、仕事が途切れないようにしているので、原告に対しても、或る工事が終了する前に、次の仕事を用意していた。
 3 訴外大工らは、A会社から仕事を依頼された場合も、値段が折り合わない、場所が遠い、担当する現場監督と折り合わない等の理由で拒否することができ、原告も、A会社の仕事を断って他の仕事をすることは自由であり、昭和五六年ころ、両親の家屋を建築するために四、五か月間A会社の仕事をしなかったことがあり、また、建築場所が遠方であることから、A会社の申出を断ったことがあるが、暫くすると、A会社から別の仕事の依頼があった。原告は、A会社の木工事をするようになった際に、同会社との間で専属的に行うとの取極めはしていない。
 4 原告は、店舗も工場も有せず、大工道具は、鋸、丸鋸、金槌等手工具の類を持っているだけであり、従業員も雇用していない。
 5 A会社と原告は、A会社が提示する建築する建物の図面を基に報酬額等の条件につき交渉し、条件につき合意が成立すると、原告は仕事を引き受ける。その報酬額は、坪請け方式と称され、建物の種類、品質、工事の難易度等を考慮して、坪単価で決められ、これに建坪を乗じて、総額が算出される。これ以外に通勤費は支払われないが、現場が遠いときは、ガソリン代や高速道路の料金が支払われることもある。
 報酬額が決定されると、A会社が原告に注文書を出すことになるが、実際には、木工事請求書が注文書に代わるものとして使用されており、これに原告に対する報酬の支払方法が記載されている。なお、請負契約書等の契約書は作成されない。
 6 原告が工事を引き受けると、A会社は、立面図と平面図を渡し、材料、建前の日、全体の完成引渡し時期、木工事の完了すべき時期等を原告に指示していた。なお、平成元年から、各工事のパート毎に予定された日程が現場と事務所に張り出されるようになった。A会社が作成する工程表は、必ずしも訴外大工らに示されてなかった。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
 11 原告が行う作業については、その工程の最初から最後まで、始業時間や終業時間等の勤務時間の定めはなく、原告がこれを自由に決めていた。そして、原告は、朝は自宅から建築現場や作業場に直行し、また、終業後は直接帰宅しており、A会社の事務所へ行って出勤簿に記帳することはなく、A会社において、原告の勤務記録は付けていなかった。したがって、有給休暇の制度はなかった。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
 以上のとおり、原告は、機械器具等の負担関係においては事業者性を弱める事実があり、また、或る程度の専属性はあるが、仕事の依頼等に対する諾否の自由を有し、業務遂行上の指揮監督を受けず、拘束性もなく、労務の代替性が有り、報酬の労務対償性はなく、報酬額も高く、その他の事情も労働者性に反するものであるから、これら事実を総合すると、原告を労基法上の労働者と認めることはできない。
 五 よって、原告は労働者に当たらないとして、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を支給しないこととした本件処分は適法である。