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ID番号 07431
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 北海道石炭じん灰訴訟第一審判決
争点
事案概要  石炭鉱業会社Yら六社が操業する炭鉱において、Y及びYの下請け企業等との雇用契約に基づいて、各種粉じん作業に就労し、じん肺に罹患した者又はその相続人であるXらが、Yでは粉じんの実態調査、発じん抑制、粉じん暴露回避措置、健康管理、じん肺教育、じん肺罹患者に対する配置転換等について不十分であったことから、元従業員らがじん灰に罹患したことについて、(1)Yらに対し、安全配慮義務の不履行違反による不法行為責任に基づく慰謝料を請求し、更に(2)国に対し、国はYら石炭企業に対して合理化法等に基づいて強い関与を行いうる立場であったこと等から直接の加害責任があり、立法(規制)権限及び法令の遵守に関する監督権限等の不行使があったとして、国家賠償法に基づき、損害賠償を請求したケースで、(1)については、Yらはいずれの時期においてもじん肺の罹患を防止するための安全配慮義務の不履行があったと認定し、Yの従業員のほか、Yから租鉱権限の設定を受けていなかったYの下請け会社との雇用契約に基づく従業員についても、慰謝料請求が認容され(Xらのうち一部の者については、消滅時効を理由に請求が棄却、また複数の雇用先において粉じん職歴を有する者については民法七一九一項の類推適用すべきとしたものの、Yにおける就労期間が短いためYでの就労と損害との相当因果関係が否定されて請求が棄却)、(2)については、国の直接の加害責任が否定され、更に国の規制監督権限の不行使は、著しく不合理なものとして裁量権を逸脱した違法の程度に至っているものではないとして、請求が棄却された事例。なお労災保険の給付については、その給付の価値の限度で損害賠償が縮減するとされた。
参照法条 民法415条
民法166条1項
民法167条1項
民法719条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1999年5月28日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (ワ) 2362 
平成1年 (ワ) 211 
平成3年 (ワ) 693 
平成3年 (ワ) 1303 
平成4年 (ワ) 1769 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1703号3頁/タイムズ1014号63頁/訟務月報46巻7号3065頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 (1) 安全配慮義務は、労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務であるところ、直接の雇用関係はないが下請契約に基づき一定の作業につき発注を受けた請負会社との雇用契約に基づき当該作業を行う労働者に対する発注会社の安全配慮義務の存在を肯定するためには、労働者が従事する労働環境の整備と労務管理が、実質的に発注会社によって行われていたと評価し得るかが重要な要素となるというべきである。
 (2) そこで、右の点につき、被告YらとA会社との関係をみれば、前記認定のとおり、〔1〕請負鉱員の採用に当たっては、健康診断を発注会社の炭鉱病院で行い、その労務課において採用内定を決していたこと、〔2〕保安教育は、請負会社が行うもののほかに、発注会社においても行っていたこと、〔3〕発注会社は、請負鉱員が使用する保安機器の大部分を請負会社に対して貸与しており、電話機、無線機、安全電灯、消化器、ガス警報機、点火機、一酸化炭素自己救命機等のほか、粉じん防止に関連の深い機器として、湿式さく岩機、局部扇風機、散水管、噴霧シャワー、ビニール風管等も貸与していたこと(乙G一九)、〔4〕請負会社の従業員である保安係員が、発注会社の保安管理系統に組み入れられ(甲二八七)、また、請負鉱員の作業現場は発注会社の係員が一日一回は巡回することとなっていた例があること(甲二八六)が認められる。
 さらに、〔5〕鉱山保安法が、鉱業権者は「鉱山労働者」に対して粉じんの処理に伴う危害の防止のための必要な措置を講ずる義務がある旨規定しているところ、右「鉱山労働者」には請負鉱員がこれに含まれると解釈することができること、〔6〕合理化法(昭和三八年改正)五七条の二は「鉱業権者又は租鉱権者は、石炭鉱山における作業であって通商産業省令で定める種類のものにその使用人以外の者(「請負夫」)を従事させようとするときは、その作業の種類、従事させようとする期間その他の通商産業省令で定める事項を定めて通産大臣の承認を受けなければならない。」とし、同法五七条の三は通産大臣の承認の要件を定めるところ、右承認のための手続において、鉱業権者等は、請け負わせる作業内容、使用資材の調達方法、保安監督機構の整備と元請会社との連携関係、発注した切羽における保安係員の具体的な配置、保安教育に関する事項を報告するが、その結果、鉱業権者等は、保安上必要な事項を把握することとなる(乙G八)という事情が認められる。
 以上によれば、請負鉱員に対する安全配慮義務の履行の第一次的責任は粉じん作業を請け負った会社にあるとはいえ、発注者たる鉱業権者においても、請負鉱員に対して安全配慮義務を負担しているというべきであり、発注会社は、その保安体制を通じて請負鉱員がじん肺に罹患しないような各種措置をとるとともに、下請会社が請負鉱員に対してじん肺罹患防止のための安全配慮義務を尽くすように指導監督する義務があるというべきである。
 しかるところ、発注会社である被告Yらにおいて、右の安全配慮義務が尽くされたものでないことは、前記二で認定したとおりである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 (一) 民法七一九条一項後段は、「共同行為者中ノ孰レガ其損害ヲ加ヘタルカヲ知ルコト能ハザルトキ」にも共同行為者は各自連帯してその賠償の責に任ずる旨を規定している。この規定は、複数の行為者がそれぞれ因果関係以外の点では独立の不法行為の要件が満たされている場合において、被害者に生じた損害が各加害者の行為の全体により発生したことが明らかである一方、加害者の個別の行為との関係では因果関係の存在を特定することが困難なとき(「択一的損害惹起の関係」にあるとき)に、加害者の各行為が、損害をもたらし得るような危険性を有し、現実に発生した損害の原因となった可能性があることを要件として、加害者の個別の行為と損害との間の因果関係の存在を推定し、各加害者においては自己の行為と損害との間の因果関係がないことを主張・立証しない限り、その責任の一部又は全部を免れることができないことを規定したものと解するのが相当である。けだし、一方においては損害発生の原因となる可能性のある行為が存在するにもかかわらず、他に同様な行為が存在することによって損害との間の因果関係の特定が困難になるため、被害者が救済を受けられないとすれば、右結果は極めて不都合であるというほかはなく、これを回避するために一定の要件のもとに因果関係の存在を推定することが右規定の意図するところであるというべきであるからである。
 そうすると、右の理は、違法な共同行為と損害との間の因果関係に関する法的判断一般に類推することにつき何ら妨げがないということができるから、債務不履行に基づく損害賠償責任についても民法七一九条一項後段を類推適用することが相当である。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 労災保険法による保険給付の実質は、使用者の労基法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであるが、右保険給付の原因となる事由が使用者の行為によって惹起され、使用者が右行為によって生じた損害につき損害賠償責任を負うべき場合において、政府が被害者に対し労災保険法に基づく保険給付をなしたときは、被害者が使用者に対し取得した損害賠償請求権は、右保険給付と同一の事由については損害の補填がなされたものとして、その給付の価値の限度において減縮すると解される。
 右にいう保険給付と損害賠償とが同一の事由の関係にあるとは、保険給付の趣旨、目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解するのが相当であって、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。そして、同一の事由の関係にあることを肯定できるのは、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、労災保険法による休業補償給付、傷病補償年金、遺族補償年金が対象とする損害と同性質である財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであって、財産的損害のうち積極的損害及び精神的損害は右の保険給付が対象とする損害とは同性質とはいえないものということができる。
 そうすると、本件において原告らが賠償を請求する損害は、前記第七の一記載のとおり精神的損害のみと解されるから、原告ら又は原告ら元従業員が受領し、又は将来受領すべき前記労災保険給付を慰謝料から控除することは許されないというべきである。