全 情 報

ID番号 07474
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 東京郵政局・関東郵政局(胸章不着用)事件
争点
事案概要  関東郵政局内の郵便局や貯金事務センターで郵政事業に従事するXら三八名が、信書や貯金等のプライバシーに係る業務の性質上、職員の責任等の明確化及び利用客の信頼感等を得ることを目的として関東郵政局長によって定められた勤務時間中の局名、課名、役職名、氏名を記載した胸章の着用を義務づける旨の胸章着用要綱に基づく再三にわたる指導にもかかわらず、胸章を着用しなかったため、Xら所属の各郵便局長から胸章を着用するよう職務命令が発せられたが、右命令にも従わなかったため、文書による注意及び訓告に付されていたところ、その六年後には、同東京郵政局長により胸章の表示に顔写真も含めるよう要綱が改正され、更に郵政大臣により郵政省就業規則が改正され、胸章着用を義務とする旨の規定が新設されたのに対し、(1)顔写真の撮影、提出には応じたものの、顔写真入り胸章を着用しなかったり、(2)撮影等に応じず、「写真調整中」の文字を印字した胸章を着用したり、(3)撮影等にも応じず、胸章も着用しないといった対応を行ったことから、各郵便局長から顔写真入りの胸章の着用するよう職務命令が発せられたが、これを拒否したため、職務命令違背を理由として文書による注意及び訓告に付されたことから、右要綱及びそれに基づく指導などの行為は氏名権やプライバシー権、肖像権等を侵害すること等から違法であるとして、慰謝料並びに弁護士費用の支払を請求したケースで、要綱による胸章着用の義務づけは顔写真を追加したことを含めて、郵政事業運営上必要で合理的なものと認めることができるとして、違法は権利侵害を生じさせるものではないとして請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
国家公務員法98条1項
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 業務命令
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 服務規律
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職場離脱
裁判年月日 1999年12月8日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 19405 
平成5年 (ワ) 7137 
平成6年 (ワ) 3824 
平成6年 (ワ) 8267 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例791号66頁/労経速報1744号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-服務規律〕
 国営企業にあっても、服務規律を包含する企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであるから、国営企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を一般的に定め、あるいは具体的に職員に対する命令その他の措置をとることができることはいうまでもなく、職員は、任用による国営企業の職員としての勤務関係の成立に基づき、企業秩序遵守義務を負い、国営企業の運営上必要で合理的なものである限りにおいて、企業秩序に関する一般的な定め及びこれに基づく具体的な命令その他の措置に服するべき義務があるものといわなければならない。
 したがって、原告らは、企業秩序に関して服務統督権の行使として行われる、郵政事業の運営上必要で合理的な、訓令、命令その他の措置に服するべき義務があるものというべきところ、各要綱による胸章着用の義務付けが、郵政事業の運営上必要で合理的なものであるか否かが次の問題である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-服務規律〕
 郵便局に勤務する職員が取り扱う事項は、信書や貯金、保険等プライバシーに関わる情報や金銭など、利用者が重大な関心を寄せる事柄であるから、職員は、利用者に対し胸章により氏名を表示して責任の所在を明示することにより、その取扱いにおいて誤りなきを期すよう自戒し、職責の自覚が促されることは明らかであり、他方、利用者は、取扱者が氏名を明らかにしていること自体に安心感、信頼感を抱き、質問もしやすく、取扱者に対する親しみもわくといえる。
 対内的な面に限っても、組織運営に当たって、職員自身の職責の自覚を促し、自己規律及び職員間の連帯感の醸成を図ることは、企業運営上不可欠なことであることは明らかであって、このような目的を達成する手段として胸章着用の義務付けをすることには合理性が認められる。なお、原告らは、窓口等で利用者と応対することのない部署の職員にまで一律に胸章着用を義務付ける必要はない旨主張するが、職員自身の職責の自覚を促し、自己規律及び職員間の連帯感の醸成を図ることは、窓口等で利用者と応対する職員であるか否かにかかわらないものであるし、利用者と直接接触のない職場の職員であっても、勤務時間中に胸章を着用することにより、勤務時間の内外を明確に意識して職務遂行に専心精励するよう心理的に規制されるものと考えられるから、原則として全職員に胸章着用を義務付けることとすることには合理性が認められる。
 以上のほか、胸章は、庁舎内における職員と部外者との識別の手段として防犯上有効である旨の被告の主張も首肯し得るものである。
 (2) また、胸章の表示事項に顔写真を加えた目的は、前記1(六)判示のとおりであるが、胸章に顔写真が表示されれば、胸章着用者が胸章に表示された氏名を持つ職員本人であることが確実なものとなるため、利用者は、より安心感、信頼感を抱くことができるし、職員は、氏名しか表示されていない胸章を着用する場合以上に強く、自戒の念や職責の自覚が促される関係にあるものといえる。その他、胸章に顔写真を加えることは、対内的な面及び防犯上の面についても、前記(1)判示の目的を達成する上で相当の効果があることも、十分首肯し得ることである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
 各要綱による胸章着用の義務付けは、郵政事業の運営上必要かつ合理的なものであって、何ら違法な権利侵害に当たらないものというべきである。そして、各要綱に基づき、本件管理職等は、事前に局内の掲示板に文書を掲示して胸章着用が義務付けられていることやその目的を周知した上、ミーティング等において胸章着用を指導し、これに応じない原告らに対して個別に指導を行っていること、訓告を行う前に繰り返し警告や注意をしていることは、前記争いのない事実(第二の一の5、8及び9)のとおりであるところ、このような経緯の下で行われた本件胸章着用指導等行為について、これを違法と認めるに足りる証拠はない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職場離脱〕
 右訓告は、勤務時間中の無断離席を理由とするもので、右訓告に至る経緯に照らしても、これを違法ということはできないというべきである。