全 情 報

ID番号 07545
事件名 遺族補償給付等不支給決定取消請求控訴事件
いわゆる事件名 船橋労働基準監督署事件
争点
事案概要  煉瓦工として二〇数年に以上にわたり各種工業炉の築造、補修作業等に従事していた労働者(死亡当時四二歳)Aの妻Xが、Aは冬場の戸外における花壇の煉瓦積み作業中、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により死亡した(死亡一年前の業務は休暇が少なく、宿泊を伴う出張が多いが、夜勤は一切なく残業もそれほど多いものではなかった)ことから、船橋労働基準監督署Yに対し、遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めたところ、不支給処分とされたため、Aの疾病発症は会社の業務の内容に伴う精神的・肉体的負担に起因するものであるとして、右処分の取消請求をしたケースの控訴審で、原審と同様に、Aが業務により受けたであろう精神的、肉体的負荷は、Aが有していた基礎疾患等をその自然的経過を超えて増悪させ発症に至らしめたということができるほど過重であったものとはいえないとして業務起因性を否定し、更に、Aが本件疾病発症四日前に頭痛等により欠勤していたことから、その後の治療を受けることが困難であったかという点についても、業務の不可避性によりAがその後の治療機会を喪失したとはいえないとして、Xの控訴が棄却された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働基準法79条
労働基準法80条
労働者災害補償保険法12条の8第2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 2000年4月26日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (行コ) 80 
裁判結果 控訴棄却(上告)
出典 時報1733号138頁
審級関係 一審/千葉地/平11. 2.18/平成8年(行ウ)43号
評釈論文 和田健・平成13年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1096〕284~285頁2002年9月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法一二条の八第二項は、業務災害に関する保険給付(遺族補償給付、葬祭料等)は、労基法七五条ないし七七条、七九条及び八〇条所定の災害補償の事由が生じた場合に行う旨規定し、労基法七九条及び八〇条は、遺族補償及び葬祭料の支給要件として、「労働者が業務上死亡した場合」と規定しているところ、右にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾症に起因して死亡した場合をいい、したがって右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係があることが必要である。
 これを本件のような脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血についてみるに、このような脳・心疾患の多くは、業務とは無関係に身体的素因から発症する可能性も高く、当該労働者の先天的ないし後天的素因、基礎疾病、生活習慣等の要因と業務とが複雑に絡み合って発症に至る場合が多いから、これが業務遂行中に発症したからといって直ちに業務に起因するものとは言い難く、右のように、その発症と業務との間に相当因果関係があると認められることが必要である。そして、労災補償制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合にそれによって労働者に発生した損失を補償するものであることからすると、相当因果関係がある場合とは、当該疾病が、当該業務に内在する又は通常随伴する危険が現実化したと評価することができる場合をいうと解すべきである。
 また、右の相当因果関係を判断するに当たっては、業務が疾病発症の唯一かつ直接の原因である必要はなく、労働者に疾病の基礎疾患があり、その基礎疾患も原因となって疾病を発症した場合も含まれるが、右のような労災補償制度の趣旨からすると、労働者が基礎疾患を有する場合には、当該業務が死亡の原因となった疾病に対し、他の原因と比較して相対的に有力な原因になっていることが必要であって、労働者の業務の内容、環境、量などの稼働状況や基礎疾患の病態、程度などを総合し、単に業務が発症の誘因ないしきっかけとなったにすぎないような場合は、業務と疾病の発症との間に相当因果関係があるということはできないが、業務の遂行が基礎疾患をその自然的経過を超えて増悪させたと認められる場合には、当該業務の遂行が死亡の結果に対し相対的に有力な原因になっているとして相当因果関係があると判断するのが相当である。
 したがって、本件においては、業務の遂行に伴ってAに生じた精神的・肉体的に過重な負荷が、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の発症をもたらしたと認められる場合、あるいは、Aが基礎疾患を有するとして、右の業務の遂行がその自然的経過を超えて増悪させたと認められる場合には、Aの死亡と業務の間の相当因果関係を肯定すべきである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 控訴人は、Aは、極めて休日が少なく、しかも、高熱作業と宿泊を伴う長期出張の多い業務に従事したため、徐々に蓄積した疲労を回復することができなくなり、このような中で、昭和六三年一二月から平成元年一月にかけて、高熱作業に従事し、平成元年一月一五日から二七日まで出張したB工場の築炉新設工事は、受注金額も高額で会社の命運を左右しかねない、Aにとってかつて経験したこともないほどの責任とプレッシャーのかかる仕事であり、納期を厳格に決められ、訴外会社からも早期に仕上げるようせかされていたが、部下が思うように働いてくれず、訴外会社の上司ともトラブルを起こし、相当な精神的負荷(ストレス)を受けていたため、その翌日である一月二八日、くも膜下出血の警告症状(小出血)を発症し、その後も、二月の寒冷下に寒風吹きすさぶ屋外で、普段の業務に比べ肉体的負荷が大きく、立ったりしゃがんだりの姿勢を繰り返す頭蓋内圧の変動の多い花壇の煉瓦積みの作業に従事させられたことにより、本件疾病を発症するに至ったのであるから、本件疾病の発症が業務に起因することは明らかであると主張する。
 確かに、Aは、休暇が少ないため疲労を十分回復しないまま訴外会社の業務に従事し続けた可能性があること、B工場における築炉新設工事の現場責任者として、工期に間に合わせることにつきプレッシャーを感じていたこと、冬場の戸外における花壇の煉瓦積み作業は、Aの血圧の変動に影響を与えたであろうことは否定できないが、これまで説示してきたように、Aに対する業務による拘束がそれほど長時間にわたるということはできないし、訴外会社の業務の内容自体、精神的・肉体的に過重な負荷を与えるものではなく、昭和六三年一二月から平成元年一月にかけての業務も、C工場、B工場及びD公園の花壇の煉瓦積み作業を含めて、従前の業務に比べ、質的にも量的にも負荷の大きいものであったと認めることはできない。また、B工場における築炉新設工事についての精神的負担も、Aにとってこれまでにないほど過重な負荷であったとまで認めるに足る証拠はない。したがって、Aが業務により受けたであろう精神的・肉体的な負荷は、本件疾病を発症させ、あるいは、Aが有していた基礎疾患等をその自然的経過を超えて増悪させ発症に至らしめたということができるほど過重なものであったと解することはできない。
 以上のように、控訴人の右の主張を採用することはできず、Aの本件疾病の発症と業務との間に相当因果関係があるということはできないから、控訴人の請求は理由がない。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 これまで説示したように、訴外会社は、B工場の仕事が中断を余儀なくされ、二月初めにそれを再開するまでのつなぎとして、右の煉瓦積みの作業を請け負ったにすぎないのであるから、Aが体調不良を自覚したとすれば、一月二九日から二月一日までの間に休みを取って医師の診察治療を受けることは十分に可能であったというべきである。しかるに、Aは、体調不良を自覚しながらも、一月二八日に医師の診察治療を受けようとしなかったばかりか、一月三一日及び発症当日の二月一日の朝、控訴人から医師の診察治療を受けることを強く勧められたにもかかわらず、これに応じず、本件現場に到着して作業を開始したのであるから、自らの責任により医師の適切な治療を受けなかったものというほかない。
 そうすると、Aは、体調不良を自覚したにもかかわらず、訴外会社の業務を休んで安静を保ち、医師の診察治療を受けることが困難であって、引き続き業務に従事せざるを得ないような客観的状況にあったということはできないから、業務の不可避性により治療の機会を喪失し、これにより業務に内在する危険が現実化した場合には当たらないというべきである。
 以上のように、本件疾病の発症は、治療機会の喪失という観点からしても、業務に内在する危険が現実化したものと解することはできないから、控訴人の本訴請求は理由がない。