全 情 報

ID番号 07561
事件名 債務不存在確認請求事件
いわゆる事件名 矢吹会計事務所事件
争点
事案概要  会計事務所の経営者X1が同事務所のパート従業員Y1(及び訴外A)を懲戒解雇したがY1が加入した連帯労働組合Y2との団体交渉の結果、解雇を撤回し、Y1は復職したが、嫌がらせを受けたとして、翌日から不就労であったため、更にX1とY2らは団体交渉を行い、X1がY1及びAへの懲戒解雇は法的瑕疵がある又は違法であったことを認め、撤回し謝罪すること等を内容(十分な発言の機会、雇用保険料の負担、組合への解決金一二〇万円、従前の地位の確認)とする協定が締結され、それに基づいてY1は復職したが、その二か月半後にストライキを通告した以降は就労せず、その後もX1とY2とは、パート従業員に対する有給休暇の付与、生理休暇の有給実施、X1の髪の色あるいはX1及び事務所の元従業員X2のY1に対する嫌がらせ問題(X2は組合の抗議ファックスに対して、ゴキブリ等の発言した等)を交渉事項として団体交渉を行ってきたが、Y1らによるX1らの自宅周辺での情宣活動、ビラ配り等で妻子もおびえる状態になったうえ、交渉も進展しないため、第三者機関での解決が望ましいと考えたX1らは、(1)Y2及び矢吹闘争支援対策会議Y3に対して、不当労働行為による不法行為及び協定違反による債務不履行に基づく損害賠償債務の不存在の確認、(2)Y1に対して人格権侵害行為あるいは不当労働行為による不法行為に基づく損害賠償債務の不存在の確認、(3)X1がY1に対して、ストライキ通告後以降復職又は退職までの賃金支払債務の不存在の確認を請求した(なお、Y1及びY2はX1を被申立人として、人格権侵害行為の禁止、謝罪、団体交渉応諾を救済内容とする不当労働行為の申し立てを東京都地方労働委員会に行い、団体交渉を求めたが、X1は第三者機関で解決したいと考え、応じていなかった)ケースで、債務の不存在の確認は、X1らに確認の利益及びその必要もあるとして本件訴えの適法性を肯定した上で、(1)については、X1らのY2に対する債務不履行に基づく損害賠償債務はなく、本件団体交渉が中断したことの主たる原因がX1に存在するとしても、同行為は少なくとも不法行為が成立しないとして、請求が認容され(Y3への訴えについては、社団としての要件が備えず、代表者の定めもないことから当事者能力を認めることはできないとして、訴えは不適法として却下)、(2)については、特にX2の言動については社会通念上許される限度を超えたものがないとはいえないものの、不法行為の成立、不法行為と相当因果関係にある損害の発生を認めることはできず損害賠償義務はないとして、請求が認容され、(3)については、Y1の労務不提供は、ストライキという自己支配領域内にある事由によるもので、しかもX1はY1を受け入れようと努力していること等からその請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
民法536条2項
民法709条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2000年5月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 19239 
裁判結果 一部認容、一部却下(控訴)
出典 労働判例793号57頁
審級関係
評釈論文 井村真己・沖縄法政研究3号129~139頁2001年3月
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 賃金は労働の対償であるから、労働者が労務を提供しない限り賃金を請求し得ないのが原則である。ただし、使用者の責に帰すべき事由により労務の提供が不能となった場合には、労働者は賃金債権を失わない(民法536条2項)。ここで、労務の提供が不能かどうかは、社会通念に従って労務の提供が期待しえないかどうかによって判断すべきである。〔中略〕
 使用者である原告X1は被告Y1を受け容れようと努力していたものであること(前記二7等)、原告X2らの言動に対しては被告組合が抗議を行う等の対応をしていたこと(前記二7等)からすれば、社会通念上およそ労務の提供が期待しえない状況にあったとまでは認められないのであって、むしろ被告Y1による労務の不提供は、ストライキという自己の支配領域内にある理由によるもので、自らの判断次第では労務の提供は可能な状況にあるというべきである。
 よって、使用者の責に帰すべき事由により労務の提供が不能となった場合に該当すると認められない以上、原則どおり、労務を提供していない被告Y1には賃金債権がなく、原告X1には賃金支払債務がない。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 被告らは、原告ら及び従業員の行為が嫌がらせ行為、人権侵害行為であると主張するが、人権というのは、多義的な概念であり、憲法が11条以下で保障している基本的人権の意味で用いているとしても、そこには様々な権利・自由が含まれているのであるから、人権侵害行為というだけでは被侵害利益の主張として不十分である。嫌がらせ行為との主張についても同様である。
 また、被告Y1の不就労は前記1のとおりストライキによるものであるから、原告ら及び従業員の行為と被告ら主張の損害(賃金相当損害金)との間に相当因果関係があるとも認められない。
 前記二で認定した行為のうち特に原告Y2の言動中には、社会通念上許される限度を超えたものがないとはいえないものの、被告らの主張が右のようなものにとどまるものである以上、不法行為の成立、不法行為と相当因果関係のある損害の発生を認めることはできない。
 よって、原告らに不法行為に基づく損害賠償債務はない。