全 情 報

ID番号 07594
事件名 労働契約関係確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 新潟・土木建築請負会社事件
争点
事案概要  営業部長の地位にあった労働者Xが、会社Yでは設立当時、就業規則がなかったが、Xの入社約一年後に、従業員の定年は六〇歳とし、定年に達した日の翌日をもって自然退職する旨の規定を置いた就業規則が制定され、労働基準監督署にも届出されていたところ、右就業規則の規定により、Xは六〇歳到達時に従業員の地位を喪失したことから、本件就業規則の無効ないし不適用を理由に、労働契約上の地位確認及び賃金支払を請求したケースの控訴審で、原審と同様に、本件就業規則は周知性を備えており、また六〇歳を定年とする内容は合理性が認められるとして、Xの控訴が棄却された事例。
参照法条 労働基準法89条1項
労働基準法106条
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の周知
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 2000年8月23日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ネ) 976 
裁判結果 控訴棄却(確定)
出典 時報1730号152頁
審級関係 一審/新潟地/平12. 1.21/平成10年(ワ)312号
評釈論文 大島道代・平成13年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1096〕298~299頁2002年9月
判決理由 〔就業規則-就業規則の周知〕
 就業規則は、使用者が事業の運営上、労働条件を統一的、画一的に決定する必要があるため、労働条件を定型的に定めるものであるから、それが合理的な労働条件を定めているものである限り、使用者と労働者との間の労働条件は、その法的規範性が認められるに至っているものということができる。就業規則にこのような法的規範性を認めるためには、使用者が労働条件を定型的に定める就業規則を作成し、その内容が合理的なものであることを要するとともに(本件就業規則一三条の合理性は、後記四において説示する。)、その就業規則が周知性を備えることを要するものと解するのが相当である。労働基準法一〇六条一項は、就業規則を常時作業場の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によって労働者に周知させなければならないと規定し、使用者に就業規則の周知義務を課しているが、この規定は取締規定であり、これが遵守されていなければ就業規則が周知性を備えたといえないわけではないが、少なくとも就業規則が周知性を備えるためには、その事業場の労働者の大半が就業規則の内容を知り、又は知ることのできる状態に置かれていることを要するものと解すべきである。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
 1 控訴人は、本件労働契約締結当時、被控訴人に就業規則はなく、控訴人と被控訴人の間においては、定年制を定めない労働契約が成立していたところ、被控訴人が本件就業規則を制定して六〇歳定年制を導入したことは、定年退職という雇用契約の終了事由を一方的に付加するものであるから、控訴人の既得権を侵害する労働条件の不利益変更に当たると主張する。他方、被控訴人は、六〇歳定年制の導入は合理的であり、控訴人の既得権侵害の問題を生じるものではないと主張する。
 2 よって検討するに、新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得権を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集団的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかないのであって、新たな定年制の採用についても、それが労働者にとって不利益な変更といえるかどうかはしばらく措き、その理を異にするものではない。ところで、定年制は、労働者が所定の年齢に達したことを理由として、自動的に又は解雇の意思表示によってその地位(職)を失わせる制度であるから、労働契約における定年の定めは一種の労働条件の内容となり得るものであることは疑いを容れないところであるが、労働契約に定年の定めがないということは、ただ雇用期間の定めがないということだけのことで、労働者に対して終身雇用を保障したり、将来にわたって定年制を採用しないことを意味するものではなく、労働協約や就業規則に別段の定めがない限り、雇用継続の可能性があるということ以上には出ないものであって、労働者にその旨の既得権を認めるものということはできない。したがって、定年制のなかった控訴人に対し、被控訴人がその就業規則で新たに定年を定めること自体は、控訴人の既得権侵害の問題を生ずる余地のないものといわなければならないし、また、およそ定年制は、一般に老年労働者にあっては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却って逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化のために行われるものであって、一般的にいって、不合理な制度ということはできない(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決民集二二巻一三号三四五九頁参照)。
 したがって、定年制を定めていなかった被控訴人が、本件就業規則一三条により定年制を導入したこと自体は、不合理なものではなく、控訴人の既得権侵害の問題を生ずる余地のないことであるから、控訴人がその適用を拒むことはできないと解すべきである。
 3 もっとも、就業規則により新たに導入された定年年齢が低い場合、労働者に不利益を及ぼすことがあるから、その定年年齢に合理性が認められなければ、当該就業規則を労働者に適用することはできない場合があるというべきである。したがって、本件就業規則で定められた六〇歳という定年年齢の合理性について更に検討する必要があるが、右の合理性の有無は、就業規則によって導入された定年年齢によって労働者が被る不利益の有無・程度、使用者側の導入の必要性の内容・程度、導入後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断するのが相当である。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
 本件就業規則一三条が定める六〇歳定年制は、制定された平成二年当時、六〇歳定年制への移行段階にあった我が国が目標とするところに沿うものであり、現在においても多数の事業所が採用しているから、相当なものというべきである。もっとも、控訴人は、右制定当時五一歳であり、約八年後には定年に達することからすると、本件就業規則一三条により不利益を受けることはないとまでいうことはできないが、右のような社会情勢の推移に照らすと、この程度の不利益は甘受すべきである。また、本件就業規則一四条は、「定年後、本人が引き続き勤務を希望しかつ会社が特に業務上必要と認めたときは、事前に嘱託として再雇用することがある。但し、嘱託従業員は原則として、一年毎に雇用契約を更新するものとする。」と規定し、定年後における終期のない嘱託雇用の制度を併せて導入しており、これによる嘱託雇用も積極的に行われているから、本件就業規則一三条を一律に適用することによって生ずる右のような不利益な結果を緩和する途が開かれているものである。さらに、前記三2のとおり、本件就業規則一三条は、従業員に対する説明、小冊子の配布、A総務部長の机上への備付け等により、被控訴人の従業員に周知徹底されており、これに対し、従業員から異議が述べられた形跡はない。
 以上の認定を総合すると、本件就業規則一三条に定められた六〇歳の定年年齢には合理性が認められるから、控訴人は、右条項の適用を拒絶することはできないというべきである。