全 情 報

ID番号 07596
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 公共社会福祉事業協会事件
争点
事案概要  市の委任により保育所を経営する公共社会福祉事業協会(旧協会)に採用され保母(一名は給食調理員)として勤務していたX1ら七名が、市の決定により設立された社会福祉法人Yが旧協会の事業(保育所経営)の譲渡を受けたため、Yの従業員となったところ、設立前にX1らによって結成された労働組合との交渉により、現行労働条件等の当面遵守、変更の場合の事前協議等の協定が成立していたため、Y設立に伴い設けられた就業規則及び給与規則の適用を受けず、旧協会当時の基準に従った賃金(本俸と諸手当)が支払われていたが、その後、本俸について組合及びX1らの同意に基づき新給与規則が適用され、更にその翌年以降には、通勤手当、扶養手当、住宅手当についても新給与規則適用により従来の基準を超える部分の支給が打ち切られたことから、旧協会とYは実質的な経営主体が同一であるか、もしくは事業譲渡の際に、従前の労働契約関係は当然に新経営主体に承継されたものとして、各手当の旧基準による金額と現実に支給された金額の差額を請求したケースで、旧協会とYが別の法主体であることは明らかであり、旧協会が行っていた保育所経営をYが引継いだのは事業譲渡によるものとしたうえで、YはX1らを新たに雇用したとはいえず、雇用関係をも譲渡を受けて承継し、協定からいっても、事業譲渡に当たっては、将来の変更の余地は残しているものの、従来の労働条件をそのまま承継したものといわなければならず、従来の労働条件を不利益に変更する新給与規則の適用については、必要性自体肯定できるが、新給与規則の諸手当部分の適用は未だ合理性を有していないとして、その一方的適用は効力を有しないとし、X1らのうち四名について請求を認容したが、自家用自動車によって通勤しながら交通機関利用による場合の手当額の支給を受けていた三名については、自家用自動車によって通勤したことによる通勤手当と現実に受領した通勤手当との差額につき、過払を受けていたものとして、相殺処理することにより、請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法11条
労働基準法89条1項2号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約の承継 / 営業譲渡
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
裁判年月日 2000年8月25日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 8332 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例795号34頁
審級関係
評釈論文 黄維玲・法政研究〔九州大学〕68巻3号183~192頁2001年12月
判決理由 〔労働契約-労働契約の承継-営業譲渡〕
 右事実によれば、法人化の前後を通じて、経営内容、経営実態について何ら変更がないとしても、旧協会と被告が別の法主体であることは明らかであるし、そうであれば、旧協会が行っていた保育所経営を被告が引き継いだのは事業譲渡によるものといわざるを得ない。しかしながら、右認定事実からすると事業譲渡に当たって、被告は、原告らを新たに雇用したとはいえず、旧協会と原告らとの雇用関係をも譲渡を受けて承継したものというべきである。本件協定からいっても、事業譲渡に当たっては、将来の変更の余地を残しているものの、従来の労働条件をそのまま承継したものといわなければならない。
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・賃金の減額〕
 被告は、原告らに対し、平成8年4月から手当においても新給与規則を適用したのであるが、その内容は従来の労働条件を不利益に変更するものであることは明らかであるところ、新給与規定の適用については、本件協定における従前の労働条件の適用について当分の間との限定があるとしても、雇用契約自体は、旧協会との契約を引き継いだものであるから、これを一方的に変更できるものではなく、その変更には合理的理由が必要である。
 2 そこで、まず、変更の必要性についてみるに、被告は、その経営が、大阪府及び東大阪市からの補助金に大きく依存しており、一方、支出については、法人化した後の平成9年度についても、その75パーセント以上は人件費であり、東大阪市及び大阪府の財政状態からして、到底、従前のような負担を継続していくことはできず、被告としても、経費の節減に努める必要があり、人件費の削減が急務であると主張するところ、その必要性自体は、概ねこれを肯定できるのであるが、ただ、本件で問題となっているのは、通勤手当、扶養手当、住宅手当であって、その額は、被告にとってみれば大きな額ではなく、人件費の削減にさほど貢献する額ではない。新給与規則による通勤手当、住居手当(ママ)、扶養手当は、東大阪市における被告以外の民間保育園の諸手当と対比して、特に劣るものではないことも、概ね被告主張のとおりであるが、かといって、従前のこれら手当の額が不当に高額であったというものでもない。そして、それらの額は被告にとっては、前述のとおり大きな額ではないとしても、いわゆる実費を含む上、労働者にとっては、少なくない額であり、(証拠略)、原告X本人尋問の結果によれば、原告らは、平成7年4月に、新給与規則の基本給部分の適用に応じ、これによって生涯賃金は大幅に減少することになったもので、このうえさらなる賃金減額に応じたくないという気持ちは理解できる。これらによれば、被告の新給与規則の諸手当部分の原告らへの適用は、未だ合理性を有しないというべきであり、原告らへの諸手当の減額は効力を有しない。〔中略〕
 通勤手当は、労働者が通勤のために要した費用の全部又は一部を使用者が補填するための賃金であり、従前旧協会が準拠していた東大阪市職員条例においても、交通機関を利用した場合の通勤手当と自転車や自家用自動車を利用した場合とでは、規定を異にしていたのであるから、自家用自動車によって通勤した場合の通勤手当の支給を受け得る理由はない。そうであれば、右原告らは、自家用自動車によって通勤したことによる通勤手当と現実に受領した通勤手当との差額については、その過払いを受けていたものというべきであるから、被告は、これを相殺処理することができる。
 2 (証拠略)、弁論の全趣旨によれば、通勤手当について、東大阪市職員給与条例に準拠して支給されてきたことが認められ、同条例第27条3項は被告主張のとおりであることが認められる。そして、前掲(証拠略)によれば、原告X1については、通勤距離が12キロメートルであり、右条例では月6500円であること、原告X2については、通勤距離が8.6キロメートルであり、右条例では月4100円であること、原告X3については、通勤距離が15.9キロメートルであり、右条例では月8900円であることが認められる。そうであれば、右各原告らの通勤手当の未払額はこれを認めることができないし、原告X2の各月の扶養手当未払額は、各月の通勤手当過払い額より少ないので、相殺によって、その未払額を認めることはできない。