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ID番号 07602
事件名 地位確認等請求上告事件、仮執行の現状回復申立事件
いわゆる事件名 みちのく銀行事件
争点
事案概要  六〇歳定年制を採用していた東北地方の中位行Yの銀行員であったXら六名(従業員の一パーセント加入の従組の組合員でいずれも当時五五歳以上の管理職・監督職階にあった)が、Yは収益環境の悪化による激しい競争時代の中で高コストで収益力が弱いという体質、人員構成の高齢化等の問題を解決するため、人件費の削減、賃金配分の偏在化の是正の観点からの賃金制度の見直しとして、専任職制度創設のために就業規則を変更し(第一次変更:五五歳以上の行員の基本給は五五歳到達直前で凍結させ、五五歳以上の管理職員を原則として新設の専任職階とし、賃金を発令直前の基本給に諸手当(専任職手当を追加)とする等の内容)、その後、専任職制度改正のために就業規則と賞与の支給率等の変更(第二次変更:五五歳に到達した一般職・庶務行員も原則として専任職行員とし、専任職発令とともに業績給の一律五〇パーセント減額、専任職手当の廃止、賞与の支給率削減(いずれも経過措置あり))を行ったところ、両変更は労組(従業員の七三パーセント加入の組合)の同意は得たが、従組の同意を得られないまま実施され、それに基づいて、専任職発令がXらに出され、Xらは管理職の肩書きを失うとともに賃金が減額したことから、本件就業規則の変更は同意しないXらには効力が及ばないとして、専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに差額賃金の支払を請求した上告審(Xらの上告)で、原審は、第一・二次変更を分けることなく、専任職制度導入による就業規則変更には合理性があるとして、一審(第一次変更については合理性を肯定、第二次変更については合理性を否定)が第二次変更前の額との差額について未払賃金として請求を認容した部分を取り消して、Xらの控訴を棄却していたが、最高裁は、Xらの賃金請求にかかわる原審の棄却部分を破棄差し戻した事例。
参照法条 労働基準法89条1項2号
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2000年9月7日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (オ) 1677 
裁判結果 一部破棄差戻、一部上告棄却(差戻し)
出典 民集54巻7号2075頁/時報1733号17頁/タイムズ1051号109頁/労働判例787号6頁/労経速報1746号3頁
審級関係 控訴審/仙台高/平 8. 4.24/平成7年(ネ)521号
評釈論文 伊藤昌毅・経営法曹137号23~38頁2003年5月/荒木尚志・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕58~61頁/今仲清・税理43巻15号196~199頁2000年12月/山本吉人・労働判例788号6~16頁2000年11月1日/小西國友・季刊労働法195号34~53頁2001年3月/小畑史子・労働基準53巻8号22~27頁2001年8月/小俣勝治・労働法律旬報1504号50~59頁2001年5月25日/上条貞夫・労働法律旬報1492号8~16頁2000年11月25日/菅野博之・最高裁判所判例解
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 被上告人は、六〇歳定年制の下で、基本的に年功序列型の賃金体系を維持していたところ、行員の高齢化が進みつつあり、他方、他の地銀では、従来定年年齢が被上告人よりも低かったため五五歳以上の行員の割合が小さく、その賃金水準も低レベルであったというのであるから、被上告人としては、五五歳以上の行員について、役職への配置等に関する組織改革とこれによる賃金の抑制を図る必要があったということができる。そして、右事情に加え、被上告人の経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位を低迷し、弱点のある経営体質を有していたことや、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考え合わせると、本件就業規則等変更は、被上告人にとって、高度の経営上の必要性があったということができる。
 4 本件就業規則等変更は、まず、五五歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から外して専任職階に発令するようにするものであるが、右変更は、これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない。したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、その合理性を認めることが相当である。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 本件就業規則等変更後の上告人らの賃金は、平成四年度以降は、年間約四二〇万円程度から約五三〇万円程度までとなっている。このような賃金額は減額されたとはいっても、青森県における当時の給与所得者の平均的な賃金水準や定年を延長して延長後の賃金を低く抑えた一部の企業の賃金水準に比べてなお優位にあるものである。しかし、上告人らは、高年層の事務職員であり、年齢、企業規模、賃金体系等を考慮すると、変更後の右賃金水準が格別高いものであるということはできない。また、上告人らは、段階的に賃金が増加するものとされていた賃金体系の下で長く就労を継続して五〇歳代に至ったところ、六〇歳の定年五年前で、賃金が頭打ちにされるどころか逆に半額に近い程度に切り下げられることになったものであり、これは、五五歳定年の企業が定年を延長の上、延長後の賃金水準を低く抑える場合と同列に論ずることはできない。
 (二) 本件就業規則等変更は、変更の対象層、前記の賃金減額幅及び変更後の賃金水準に照らすと、高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、逆に、高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、一部の行員について賃金を削減するものであって、従来は右肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものである。もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することができる場合があるものと考えられる。しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に五五歳に近づいていた行員にとっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、上告人らは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。したがって、このような経過措置の下においては、上告人らとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。
 7 本件では、行員の約七三パーセントを組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意している。しかし、上告人らの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができないというべきである。