全 情 報

ID番号 07635
事件名 補償金請求事件
いわゆる事件名 オリンパス光学工業事件
争点
事案概要  顕微鏡、写真機等の製造販売を主たる業務とする株式会社Yの元従業員X(平成6年退職)が、研究開発部に在籍中に(昭和52年)ビデオディスクの装置の発明を行ったが、発明規定に基づいて、Yは右発明について特許を受ける権利をXから承継しこれについて補正を加えて特許出願して特許を取得したため(昭和61年)、XはYから同じく発明規定に基づき出願補償金、登録補償金、工業所有権収入取得時報奨金として合計21万1千円の支払を受けた(Yは本件特許を含むライセンス契約を他社と締結し、特許権実施収入を受けていた)が、特許法三五条三項(「職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する」)にいう「相当の対価」は二億円であるとしてその支払を請求したケースで、特許法三五条の趣旨に照らせば、勤務規則等について発明についての報償の規定があっても、当該報償額が同法の定める「相当の対価」額に満たなければ、発明者は使用者等に対し不足額を請求できるとしたうえで、本件発明は他の従業員Aが発明した基本発明の利用発明であること等の事実から、Yが本件発明によって受けるべき利益額を五〇〇〇万円と評価しYが本件発明につき使用者として貢献した程度を九五%(Xの相当の対価額は五%分)として、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
特許法35条3項
民法167条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 職務発明と特許権
裁判年月日 1999年4月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 3841 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1690号145頁/タイムズ1002号258頁/労働判例812号34頁/労経速報1779号25頁
審級関係 控訴審/東京高/平13. 5.22/平成11年(ネ)3208号
評釈論文 Hinkelmann、他・A.I.P.P.I. Int.ed.24巻6号255~276頁99年11月/吉田広志・パテント55巻7号53~60頁2002年7月/吉田広志・パテント55巻8号55~64頁2002年8月/松本司・知財管理50巻2号243~254頁2000年2月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-職務発明と特許権〕
 本件発明は、A発明を前提とした利用発明である。本件発明は、光学的に情報を記録したディスク、主としてビデオディスクプレーヤーのピックアップの改良に関するものである。〔中略〕
 〔1〕本件発明は、A発明の利用発明であり、本件発明の実施には、A発明の実施が前提となること、〔2〕被告とピックアップ装置の製造各社との間のライセンス契約においては、本件特許も対象とされているが、各社との交渉では、被告の有する特許権の中でA特許が中心的な交渉の対象となり、本件特許は重きが置かれていなかったこと、〔3〕本件特許に関しては各社は実施を否定しており、現に、対象となる期間の特許料収入の多くを占めるB会社は、A特許の満了後は、ライセンス料の支払はA特許に対するものである旨主張して、被告に対して実施料を支払っていないこと、〔4〕別紙各社製品目録記載の各社製品について、A発明はすべての製品に用いられているが、本件発明は、C会社、D会社、E会社については、実施されておらず、必ずしも、CD装置の多くに確実に組み込まれているとはいえないこと、〔5〕本件発明については、当初出願の記載が変更されているため、要旨変更を理由として、本件特許が無効とされる可能性も否定できないこと、〔6〕仮に当初出願の記載が変更されないままであれば、各社のピックアップ装置は、これを実施したと評価される可能性が低いこと等の諸点を総合すると、本件発明によって被告が受けるべき利益額としては5000万円と解するのが相当である。
 なお、原告は、CD装置の国内総生産額を基礎として被告の受けるべき利益額を算定すべきであると主張するが、右主張を採用するに足りる証拠はない。
 (二) さらに、原告の当初の提案内容は、各社のピックアップ装置には採用されていないものであったが、これを被告特許担当者を中心とした提案で大幅に変更した結果、各社のピックアップ装置の一部がこれを侵害する可能性が高い状況になったこと、本件発明は、原告が発明当時に職務上担当していた分野と密接な関係を有するものであること、その他の事情を考慮すると、本件発明がされるについて被告が使用者として貢献した程度は95パーセントと評価するのが相当である。
 (三) そうすると、本件発明により被告が受けるべき利益額5000万円から被告の貢献度(95パーセント)に相当する金額4750万円を控除すると、原告が受けるべき職務発明の対価は250万円となるところ、右金額から既に被告が原告に支払済みの21万1000円を控除した残額は、228万9000円となる。〔中略〕
 被告は、職務発明について、勤務規則等により、発明者が使用者たる会社に譲渡する場合の対価を、あらかじめ定めているところ、これに従って処理されたものについては、改めて個別的に請求することはできない旨主張する。
 しかし、被告規則については、被告が一方的に定めた(変更も同様である。)ものであるから、個々の譲渡の対価額について原告がこれに拘束される理由はない。この点、被告は、原告が、被告の諸規則等を遵守する旨の誓約書を提出していることから、原告が相当対価の請求権を放棄したものとみるべきであると述べるが、原告が、就職時に、このような包括的な内容の記載された書面を提出したからといって、個々の譲渡に関して、譲渡対価に関する何らかの合意が形成された、あるいは、相当対価の請求権の放棄がされたと解する余地はない。その他、被告は、被告規則が原告を拘束する根拠を何ら明らかにしていないので、原告の前記主張は失当である。結局、法35条が、職務発明に係る特許権等の譲渡の対価は、発明により使用者等が受けるべき利益の額及び使用者が貢献した程度を考慮して定めるべきことを規定した趣旨に照らすならば、勤務規則等に発明についての報償の規定があっても、当該報償額が法の定める相当対価の額に満たないものであれば、発明者は、使用者等に対し、不足額を請求できるものと解するのが相当である。〔中略〕
 原告が、工業所有権収入取得時報償を受領した平成4年10月1日より前においては、算定の基礎とする工業所有権収入の額は、必ずしも明らかでなく、また、原告が被告からいくらの報償額を受け取ることができるか不確定であったということができるから、右同日までは、原告が法に基づく相当対価請求権を行使することについて現実に期待し得ない状況であったといわざるを得ない(なお、被告規定は、法律上、原告を拘束するものではないが、この点は、相当対価請求権を行使することについて現実に期待し得る状況となった時期についての前記判断に影響を与えるものではない。)。そして、本件訴訟が提起されたのは、平成7年であるから、未だ右時点から10年が経過していない。したがって、法に基づく相当対価請求権については消滅時効は完成していないと解すべきである。