全 情 報

ID番号 07660
事件名 公務外認定処分取消請求事件
いわゆる事件名 地公災基金三重県支部長(伊勢総合病院)事件
争点
事案概要  市立総合病院のICU病棟で勤務後、救急病棟で准看護婦として勤務していたX(当時四二歳・勤務暦約一一年・脳動脈瘤が基礎疾病として潜行)が、入院患者の洗髪業務に従事していたところ、突然気分が悪くなって倒れ、くも膜下出血と診断され(発症から一定期間経過後休職となり、その後退職している)、右疾病を公務上のものとして地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求したところ、地公災補償基金三重県支部長Yが、公務外災害の認定処分をしたことから、Xの従事していた看護業務は多様な業務時間に追われながらこなす必要があったこと、身体の自由の利かない患者については肉体的負荷を伴うものであったのみならず、Xの所属病棟は緊急度が高い患者を取扱うため緊張を強いられるものであり、さらに多くの月で九回も不規則に夜間勤務が課されていたこと、特に本件発症前一ヶ月間については、時間外労働は長時間とはいえないものの、患者一人当たりの看護婦の受け持ち人数が従前と比較し非常に多く、Xは七時間半の間隔しか与えられない日勤と深夜のパターンを五回も繰返していたことから、本件発症は公務に起因するものであるとして、右処分の取消しを請求したケースで、Xの従事していた看護業務による継続的で強度の負荷が有力な原因となって基礎疾病である脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させた結果、本件疾病当日の洗髪業務による血圧の上昇等が直接の契機になって脳動脈瘤の破裂を来し、くも膜下出血の発症に至ったものと認められ、本件疾病は公務が相対的に有力な原因となっているから、公務と本件発症との間に相当因果関係を認めることができるとして、請求が認容された事例。
参照法条 地方公務員災害補償法45条
地方公務員災害補償法26条
地方公務員災害補償法28条
地方公務員災害補償法28条の2
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 2000年8月17日
裁判所名 津地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (行ウ) 12 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例800号69頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 地方公共団体の職員が被災した場合において、地方公務員災害補償法に基づく補償を受けるには、当該災害が公務により生じたもの、すなわち、「公務上」であることが要件とされているところ(同法45条1項、26条、28条、28条の2等)、右制度が使用者の過失の有無を問わずに、被災職員に生じた損失を補償する制度であることからすれば、公務上の災害といえるためには、当該災害が被災職員の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものであると認められる必要がある。したがって、被災職員の傷病が公務上の災害といえるためには、公務と当該傷病との間に条件関係があることを前提に、右補償制度の趣旨に照らして、そのような補償を行うことを相当とする関係、すなわち、相当因果関係が必要であると解される。
 2 そして、右相当因果関係が認められるためには、公務が当該傷病の唯一の原因である必要はないが、当該業務が、被災職員の基礎疾病等他の要因と比較して相対的に有力な原因として作用し、その結果当該傷病を発生したことが必要であると解すべきである。
 3 ところで、今日、何らかの基礎疾病を有しつつ、職務に従事している者は多いことからすると、当該職員の傷病が、職務に内在ないし随伴する危険性の発現とみうるか否かの判断、すなわち当該職員が従事していた職務が強度の負荷を伴うものであったか否かの判断に際しては、全く基礎疾病を有しない者を基準にして判定を行うのは相当ではなく、他方、前記地方公務員災害補償制度の趣旨からすれば、右の業務に内在する危険性の判断は客観的になされるべきであるから、基礎疾病を有する当該職員を基準とするのは相当ではない。そうすると、右判断に当たっては、基礎疾病を有しつつも勤務の軽減を要せず、通常の勤務に就き得る者を基準にして判定するのが相当である。
 これを基礎疾病との関係でいえば、当該職員が、右の基準に照らして強度の負荷を伴うと評価される職務に従事したことによって、その有する基礎疾病が自然的経過を超えて増悪された結果、より重篤な傷病を発生したと認められる関係が存することが必要であると解される。
 また、公務による負荷を判断する上で、同僚の業務との比較は、考慮されるべき一要素となりうることは否定し得ないところであるが、他の業種と比較して、当該公務自体に強度の負荷が存すると認められる場合において、同僚と比較すればこれがないとすることは公平を欠く上、前記のとおり、地方公務員災害補償制度の趣旨からすれば、当該傷病が、職務に内在ないし随伴する危険性の発現と認められれば補償の対象とすべきものであるから、同僚との比較を過大視することは相当ではない。
 4 なお、本件の脳動脈瘤のように、本人に自覚症状がない間に基礎疾病が潜行している場合などにおいては、厳密な医学的判断が困難となる場合もあり得るが、法的な因果関係の証明は、一点の疑義も許さない自然的証明とは異なるものであるから、そのような場合であっても、経験則に基づき、当該職員の職務内容、就業状況、生活状況、健康状態等を総合的に考慮して、当該職員の従事していた職務が、他の諸要因と比較して、当該傷病発生の有力な原因となっていたことが、医学的に矛盾なく説明できるのであれば、当該業務と傷病との間に相当因果関係が存すると認めるのが相当である。
 5 被告は、公務起因性の判断については、前記の基金理事長通達及び同通知によって定められた基準によるべきであると主張する。これらの基準は、専門医師で構成された専門家会議によって検討された結果を基に定められたものであり、その内容は尊重されるべきものではあり、当裁判所の見解と共通する部分も多いが、右基準は、公務上外についての認定処分を所管する行政庁が、実際に処分を行う下部行政機関に対して運用の基準を示した通達であって、司法上の判断にあたっては、必ずしもこれに拘束されるものではない。したがって、実質的かつ総合的に、当該公務が傷病に与えた影響を判断すべきである。〔中略〕
 原告の脳動脈瘤がいつどのように形成されたかについては、証拠上明らかではないが、それが本件発症時点において11ミリ×8ミリ×7ミリと相当に大きいものであったことからすれば、ある程度の時間をかけて形成され、発達し、本件発症に至ったものであると推認するのが相当である。原告には素因ないし血行力学的ストレスの影響で脳動脈瘤が形成されたと推測され、その意味で基礎疾病を有したものというべきである。しかしながら、原告はICU勤務時から本件発症に至るまで長期間にわたって前記認定の内容の勤務をこなしており、少なくとも、ICU勤務当時においては勤務の軽減を要せず、通常の勤務に就き得る者であったと認められる。そして、脳動脈瘤を有する者のうち破裂にまで至る者の割合はごく僅かであること、脳動脈瘤の形成・発達・破裂の要因としては先天的な脳血管壁の脆弱性といった先天的・遺伝的要因もさることながら、後天的要因を重視すべきことは前記認定のとおりであること、原告には高血圧症、肥満、喫煙、恒常的な飲酒といった脳血管壁を脆弱化させるような要素(リスクファクター)は特段存在しなかったこと、原告の家庭生活等において血圧上昇の原因たり得る肉体的・精神的負荷をもたらすような特段の事情が認められないことを総合的に考慮すれば、原告の脳動脈瘤の発達・破裂に至った要因は、主として、肉体的・精神的負荷を伴う看護業務、とりわけ多数回に及ぶ夜間勤務を含む不規則な勤務形態である強度な負荷を伴う業務を長期間継続したことによって、脳血管壁の修復に必要な夜間の血圧下降が得られず、その疲労を十分に回復できない状態が継続し、これに本件発症前1か月間の多忙な業務による蓄積疲労とが相俟って、脳血管壁を脆弱化させたことにあると推認するほかはない。そして、本件発症当日には、くも膜下出血の危険性の高い段階にまで至っていたものであり、これが本件発症直前の患者の介助業務の際のバルサルバ手技を伴う行為を直接の契機として遂に破裂したものと認めるのが相当である。〔中略〕
 被告は、脳動脈瘤の形成・発達・破裂の機序は、医学経験則上必ずしも明確ではなく、過重な業務が直ちに脳動脈瘤破裂に結び付くという医学的知見は存在しないから、本件においてその因果関係は証明されていない旨主張する。しかしながら、前記のとおり、法的な因果関係の証明は、一点の疑義も許さない自然的証明とは異なるものであり、経験則に基づいて、原告が従事していた職務が、他の諸要因と比較して当該傷病発生の有力な原因となっていたことが医学的に矛盾なく説明できるのであれば足りると考えられるところ、本件において右の点について証明はなされていると認められるから、被告の右主張を採用することはできない。
 3 以上の事実に徴すれば、原告の従事していた看護業務による継続的で強度の負荷が有力な原因となって基礎疾病である脳動脈瘤を自然的経過を超えて増悪させた結果、本件発症当日の洗髪業務による血圧の上昇等が直接の契機となって脳動脈瘤の破裂を来(ママ)たし、くも膜下出血の発症に至ったものと認められる。