全 情 報

ID番号 07671
事件名 解雇無効による労働契約上の地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 沖歯科工業事件
争点
事案概要  歯科補綴物等の販売等を業とする株式会社Yでは、歯科技工業界全体の競争の激化に相まって月額営業損益の赤字が続いていたため、歯科技工士以外の従業員の減員、役員・管理職の給与カット、支社の廃止等の経営改善措置が行われる一方で、職務変更に反対する社員らとの間で時間外手当の未払等の問題をめぐる対立が見られるようになっていたところ、さらに歯科技工士の給与体系変更措置や定期昇給等をめぐっても労使間で対立が起こり、団交が行われていたが、その後、Yは従業員説明会において、歯科技工士の配転、給与支払基準変更、希望退職募集後の整理解雇などを内容とする再建計画を発表し、希望退職募集を実施したものの五日で募集を締切り、募集者が定員に満たなかったとして、半年間における所定時間内製作点数及び目標達成率が低い者という解雇基準に合致したとの理由で歯科技工士Xら六名(全て組合員)を解雇したことから、XらがYに対し、右解雇は整理解雇の要件を充足せず無効であると主張して、従業員としての地位保全及び賃金の仮払を申立てたケースで、人員整理の必要性及び解雇回避のための一定程度の努力は一応認められるものの、必ずしも適時に万策を尽くしたとまでは言い難く、また解雇の対象者も組合役員として団交に関わっていた者が多くを占め、半年間という短期間に限った評価に十分な合理的理由があるかは疑問もあること等からして、解雇対象者の選択は、恣意的に行われた可能性も否定できず、また解雇手続にも不相当な面があるとして、本件解雇は、むしろXらの組合活動を嫌悪して右解雇がなされたことが窺われることから解雇権濫用により無効であるとして、賃金の仮払申立てのみ(給与支給基準変更につき同意をしなかった者については変更前の賃金計算方法にもとづいた額)が認容された事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法89条1項2号
労働基準法93条
体系項目 解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇基準・被解雇者選定の合理性
解雇(民事) / 整理解雇 / 協議説得義務
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2000年9月29日
裁判所名 新潟地
裁判形式 決定
事件番号 平成12年 (ヨ) 41 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例804号62頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 (1) 前記認定のとおりの社会的背景及び債務者の財務状態によれば、人員整理の必要性は一応認められ、債務者は、歯科技工士を除く従業員に関しては大幅に減員したり、大阪及び名古屋の各支社を廃止し、東京支社も規模縮小をし、取締役役員報酬や管理職の基本給を減額したことからすれば、債務者は、解雇回避のための努力を一定程度はしていたものと評価できる。
 もっとも、本件解雇の直前における債務者の行動については、平成11年11月22日に希望退職者の募集をしたものの、その締め切りが同月27日であって考慮期間がわずか5日間に過ぎず、本件解雇前にはさらなる希望退職者の募集はしていないこと、役員報酬等の削減も解雇の意思表示の直前にしたものに過ぎないこと等から、債務者が本件解雇に至るまでの間、必ずしも適時に万策を尽くしたとまではいいがたい。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇基準・被解雇者選定の合理性〕
 本件解雇の整理解雇基準については、課長、チーフ、サブチーフ、新入社員などの除外事由を設けていることは、組織運営、品質、生産性の向上等、あるいは、技術習得期間と教育費の回収の観点などそれぞれ合理的な必要性が一応認められ、不合理と断じる理由は認めがたいものの、その元となる点数配分自体はなお、作業工程ごとに十分な合理性をもってなされているか、すなわち、共同作業について相対的に低い点数配分となっているのではないかとの疑問を払拭することはできず、これを元に点数を換算し、被解雇者を選定する本件解雇基準が合理的であると判断することはできないし、また、変更された給与支給基準は、いわゆるサービス残業をするかどうかにより製作点数に差が生じる可能性のある基準であるが、原則として就労する義務のない残業により生じる製作点数の差が、整理解雇の対象となるかどうかを決する基準となることは相当でなく、本件解雇の基準にはかなりの疑問がある。
 また、前記認定のとおり、債務者と組合分会間の交渉は決裂が続き、本件解雇直前には組合による新潟労働基準監督署への申し入れもあって債務者が二度にわたって未払残業手当の支払いをしていることなどから、両者の必ずしも良好とはいえない関係下において、前記のような本件解雇直前という時期に、組合員4名を除いて7名を共同作業グループに異動させ、その内5名が本件整理解雇基準に形式的には該当するばかりか、債権者ら6名の中では達成率の最も高い債権者X1(69.6パーセント)や同じく所定時間内製作点数が最も高い債権者X2(1557点)よりも計数上の成績がよくない者が共同作業グループに属している者の多くを占めているのに(〈証拠略〉)、本件解雇の対象とはなっていないこと、本件解雇の対象者は、組合役員として第9回団体交渉以降債務者との交渉に当たっている者が多くを占めていること、債権者X2及び同X1については、製作点数には作業の不慣れが多少影響していると考えられ、債務者の定めた半年間という比較的短期間に限った評価に十分合理的な理由があるかは疑問もあること等からすれば、本件解雇の対象者の選択は、恣意的に行われていた可能性を否定できない。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-協議説得義務〕
〔解雇-解雇権の濫用〕
 (二) 以上の認定、説示したところを総合的に考慮すれば、本件解雇は、整理解雇として十分にその要件が備わっているとは言いがたく、むしろ、債権者らに対する解雇の経過をみると、債権者らの組合活動を嫌悪して右解雇がなされたことが窺われるので、本件解雇は、解雇権を濫用したものとして無効というべきである。
 (三) 債務者が本件解雇後、債権者らの労働の提供の受領を拒絶していることは当事者間に争いがないから、債権者らは、債務者に対し、本件解雇後も賃金債権を有しているものということができる。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 債務者が平成11年6月、各従業員に対し、本件給与支給基準を変更する旨通知したことは、前記認定のとおりである。
 ところで、債務者の就業規則と一体となる給与規定(〈証拠略〉)によれば、従業員の基本給について、「本人の年令、学歴、勤続年数、能力、経験および勤務内容等を勘案し合理的かつ客観的基準により決定する。」(8条)と定められているが、賃金計算の方法については何も定められていないので、結局、各従業員の賃金計算の方法及びこれに基づく具体的な基本給の額は、右給与規定によっては決定することができず、債務者と各従業員との個別の合意によって決定するほかないものと解され、この理は、従前の賃金計算の方法を変更する場合においても当てはまるものというべきであり、したがって、本件給与支給基準の変更についても各従業員の個別の同意を要し、右変更に同意しない従業員に対してはその基準の適用はできないものというべきである。